« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006/09/30

退職にあたり、うっでぃへのメッセージ

本日のノルマは、無事終了。バタバタしたけど、うっでぃのご苦労さん会も、我が家なりに?できた。

9月は。嬉しかったことが一杯あった。書きたかったことが一杯あった。

私自身は、本当に恵みに満たされていることを、実感させて頂ける、そんな一ヶ月だった。

まずは、保育園との関係のこと。
26日に、アラレちゃんの『特定不能の広汎性発達障害』という、診断名を頂いた。この事は、前述したように、私たち夫婦にとって、感謝なことである。そして、その日のうちに、診断書のコピーを保育園に持っていった。

担任の先生方は、まだどこか、「アラレちゃんは普通です」モード。でも、それは、単に、どこか、学習する機会が無いって感じがる。する気が無い、って感じではない。実際、違う圏内の保育士さん方対象講演会のご案内を差し上げたら、土曜日の午後だというのに、車を走らせ行って下さった。何らかのきっかけ、チャンスがあれば、もっと学んで頂ける、そう感じている。

園長先生は、「お母さん、この子は問題がありません。お遊戯もしっかりできるし、良い子ですし、大丈夫ですよ!」とか、まだ言ってる・・・^^;でも、この園では、近所の大学から講師を招いて、疑いがあるお子さんのフォローをしているらしい。。。ということで、これからを期待している。

私自身、最近、この手の会話で、ぐったりすることが無くなってきた、気にならなくなってきた。(慣れ、とは、本当に恐ろしい^^;)むしろ、この方達に、どのように伝えたらいいのだろうか?そちらにパワーが行く。いいことだ。

ここの園では、主任先生がこの手のことについて、頑張ろう!と、努力されている。

我が家と主任先生との関係が面白く。。。

のびたくんがサッカーをしていた頃、私は、ほとんど身体が動かない日が続いていた。そのことがきっかけで、サッカーへの送り迎えを毎週してくださっていた、サッカー仲間の親御さんがいた。その方も保育士で、この地域の育児支援をされている方だった。その方と主任先生がお友達で、初めて会った頃から、我が家はどこか御ヒイキ?して頂いていた。

それだけではなくて、なんとなく、私にとって、その主任先生との相性は良く、私はとても話し易かった。なので、アラレちゃんを預ける時にも、前の幼稚園との関係の説明をゆっくり聞いて頂けたし、上手い具合に途中入園が許されたと思う。人との出会いとは、本当に面白い。

さて話は戻り、主任先生に、診断書を見せて、「このように診断を頂きました。詳しい説明は、PCが壊れているので週明け迄に、どうにかまとめて持ってこようと思います。アラレちゃんがここにお世話になるのは、残り、10日ほどなので、アラレちゃんに対して、なにか特別なことをして欲しいと望んではいません。ただ、この様な事例があるということを、覚えて頂けたら、そう願います。一見普通に見える中に、本人にとっては困惑があり、どのように表現していったらいいのか分らないことがたくさんあり、本人は困っているのです。アラレちゃんの場合は模倣することが上手なので、集団生活の中で上手く模倣できていますが、『他者の気持ちになっての模倣』という場面では、そのことが上手くできない部分があります。今の段階では、その事が大きく問題にはなりませんが、これから成長するにつれ、それは本人にとっても困り事になってくるのです。そのような子供がいたこと、その事を忘れないで欲しいですし、現に、ここにもそのような可能性がある子供達がおられること、その事を忘れないで欲しいのです。なので、なにか悩みのある親御さんに対し、保育士の目から見た事柄だけを通し、『この子は大丈夫です。普通です。』と、言い切らないで下さい。むしろ、そのように悩みを打ち明けて下さる親御さんに対しては、『そうですか。こちらも注意してみさせて頂きます。園だけでは解決できないこともありますから、お母様が気になるようでしたら、○○に行かれてみたらどうでしょうか?』などと、お母様方への門を広げること、そちらをして頂ければ、子供にとって、なんらかのいい道が開けると思います。」と、話させて頂いた。

すると、「いいんですか?アラレちゃんの事例を頂いて。感謝です。このようにして下さる親御さんがいなかったので、本当にどう動いたらいいのか、分らなかったのです。講演や研修のことも、田舎では情報が少ないし。だから、ぴーまんさんとの出会いには感謝しています。前回の講師の方のお話でも、靴箱一つから見直さなきゃ、と、凄く勉強になりました。本当にそうなんですよ。気になる子が一杯いて。親御さんが気付いて下されば、まだラッキーなのですが、どう見てもこれは。。。というお子さんが数名いて。色の区別もできませんし、黙って座っていることもできないのです。。。(他、詳しい事例を伺う)お母さんに家庭での状態も尋ねるのですが、お母さんが。。。こちらのいうことに、耳を傾けては下さらないのです。どのようにそのお母さんに伝えたらいいのか、迷っていたのです。それに、保育士の学習能力と、意思の問題もありますし・・・。そんなこんなで、これからは、園でも学習時間を増やしていこうと思っていた所なのです。」と。。。

その親御さんの件に関しては、園の先生からではなく、今度、内科検診があるので、その時に医師の方から、親御さん宛てに何らかの書類を書いて頂き、必要な機関へ行くように進められてはどうだろうか?ということで、一致しました。

話は変わり、私が熊本に嫁いでくる時に、父は「ぴーまんはカナンの地に行った。」と、喜んでいた。「乳と蜜の流れる場所」と描写され、神がアブラハムの子孫に与えると約束した土地であることから、約束の地とも呼ばれる、そのカナン。しかし、私自身は、この土地に来て多くの人間関係の苦しみ、また、環境の変化の苦しみに出会った。

そのことで、他者を攻めたり、自分を責めたりの苦しみに出会った。「なにがカナンの地だ!」とかも、思った。

でも、『ここでの生活が終わるよ。』と分った8月26日以来。本当にここは『カナンの地』であったこと、その事を感じる出来事が、ドシドシ私に舞い込んでくる。私が攻めていた方々のことを、本当に心から許せる出来事にも出会った。なんてことはない、『この人たちも、アブラハムの子孫である。』その事を、他者との交わりを通して、あらゆる偶然という出来事を通して拝見するのだ。

前の幼稚園の担任先生。アラレちゃんへの配慮を理解して頂けなかった。偶然、ジャ○コで、また、のびたくんの運動会で彼女に会った。どちらも、彼女から声をかけてきてくれた。私は全く気付いていなかったのだから無視することも出来たであろう。その時の会話、何気ない表情、そこから、なんか、彼女の愛を感じたのだ。

全く関係ないけど、のびたくんが幼稚園最後の9月から小学校入学の1ヶ月、その約半年間だけ過ごした熊本市生活。その時の幼稚園の同級生のお母さんは、今ののびたくんの小学校にいとこがいる為、毎年この地まで運動会の度に訪れる。運動会はものすごい人数で、同級生の親御さんともお会いすることが無い。だが、何故だか分らないが、毎年、彼女にだけは会う。今年も運動会終了後、のびたくんを待っていたら、彼女が、「のびたくんのお母さんよね?ここに来ると、会えると思っているのよ!」と、話し掛けてきた。

なんか、驚いた。で、今の事情を説明し、「熊本の皆さんによろしく伝えて下さい。」と、お願いした。

この地に来させて頂いて、この、うっでぃ家に嫁いで、私自身は、「なんで?」の悲しみの日々が多かった。

しかし、そこでも主は働かれた。

この、つたない私を通して。

私が頑張って、私が何かをしなきゃ、と、『思わない時に』、主が私を通して、変わり者の我が家族を喜んで迎え入れて下さる方々に出会う。

そのような出会いを通して、私は神様に出会う。

昔、私の母親が、「クリスチャンはね、この世的に変じゃなきゃいけないの。『あの人。。。なんか。。。変!』と、思われる事が必要なの。その事により、興味を持ってもらえるの。この人は、なにが違うんだろうか?ってね。」と、話していた。

で、確かに、私は、変だ。

「(のびたくんのお母さんは)なんか、キリッと、しゃきっとしてますよね~。」と、自分の周囲が絶対そんな評価しないことを、いきなり初対面の方に言われる。

で、いきなり、変な出会いが舞い込んでくる。
初めての方から、「誰にも相談できなかったんですけど。○○さんの紹介で・・・」と、その紹介してくれる方は、前述のタイプのお母さん。結果、この世的には重大な、離婚相談。。。何件聞いたか。。。^^;

私が何かをしよう!と思わない時に、なにかが舞い込んでくるのだ…^^;そして、私が何かをしよう!と思う時に、事は上手く運ばない。

その事と、『誰もがアブラハムの子孫であること』その事を、この地に来て学んだ。

ここは、《本当にカナンの地》であった。

じゃあ、それに気付かせて頂いて、私は残り1週間で、ここに何を残せるのだろう?

私たち夫婦は、この地に、なんのために派遣されたのであろう?

そのことで、先週からうっでぃと話し合っていた。

うっでぃには、うっでぃなりの実家との課題がある。

私は?

のびたくんは、この地でクリスチャンにさせて頂いた。

今日、学級通信に、「寂しいお知らせですが。のびたくんが10月6日を最後に、滋賀の小学校に転校することになりました。ユーモアがあって、いつも楽しいお話をしてくれるのびたくん。そして、授業中は一生懸命自分の意見を発表してくれるのびたくんですので、子供達も私も寂しい思いで一杯です。転校するお知らせを子供達にした所、『お別れ会をしたい。』と提案してくれました。来週行う予定です。子供達からそんな声があがったことが、なにより嬉しかったです。」と、担任先生は書いてくれた。

担任先生に、引越しのことを電話で話した時に、先生は泣いていた。そんな先生は、1学期、のびたくんに3段評価の『オール3』の通信簿をくれた。たしかに、彼の頑張りもあった。しかし、どこまでも、のびたくんの『いい部分』に目をむけてくれ、のびたくんに自信を与え、のびたくんを伸ばしてくれた。

その先生に、そのクラスメートに、最後までクリスチャンとして、何を残せるか?これが、私とのびたくんに、今夕与えられたテーマだった。

で、
『君は愛されるために生まれた』のCDを、1人1人にプレゼントすることにした。さっそく多忙な牧師先生に連絡をし、準備をお願いした。いつでも「いいですね~っ!」と、こころよく引き受けて下さる牧師先生に感謝である。

子供の頃から、『この世的にクリスチャンとして変であっていいこと。』 私は、それを母親に教えられてきた。残せるものは、これしかない。最後の1週間。我が家族は、変でいたいと思う。

ここも神の御国なれば

そう、どこにいても、ここは神の御国。
だからこそ、開き直って、変でいよう。

そこに、興味がある方々は、自然に興味を持ってくれる。
『主にある』自信を持とう。
クリスチャンとして。

常に証を携えて。

それが、『私たち家族の生かされている意味』

| | コメント (0)

2006/09/29

15回目のお引越し ①


昨晩のこと。

PCに向かっていると、「いままでお疲れ様でした。」
と、後ろから、私の肩をもむ人間が。。。

そこで、
「いや、お疲れだったのは、君でしょう?」

すると、
「うん〜〜^^; どうかね?」

で、
「あれかい?やっぱり、明日は、『いままでお疲れ様でした。』
と、イワナあかんのかね?世間的には?^^;」と尋ねると、

「なんちゅうか。。。たった、2年半やしね〜。」と返事が。

そこで、
「じゃ、お疲れさんやわ〜!わたしゃ、同じ職場に、
2年半はないわ!すげーよ!」

「ぎゃはははははっ〜!」と、

へんな、夫婦がいたのでした。はい。

うっでぃは、大学をゆっくり卒業。
で、公務員になったのも、約2年半前。
のびたくんの入学と同時。

で、
本日、個人的な理由で、退職。
公務員の退職って、滅多に無いらしいから、
ややこしいらしい。

上司様も、手続きを知らないほど。で。
育児時間休暇、代休、振り替え、他の手続きも、
みなさんご利用しないそうで。

それに、発達障害がある子供や、
奥さんも周囲は初めてだったし、

飲み会に来ない職員も初めてだし、
来ても、子連れ&飲まないは彼だけだし、

最初から最後まで、珍しい手続きらや、
変わり者風を周囲に伝えている?うっでぃ^^;

「みなさん、2年半お疲れ様でした。」

さて、話は変わり。

私。今回、15回目の引越しとなります。
(引越し自体は慣れっ子なので〜す♪)
荷造りは早い。すでに、半分以上は箱の中。

しかし。。。今回が一番ややこしい。

車両保険。生命保険。
これ、職場の利用だったので、全部切り替え。

子供の保険。
県の生協のものに加入していたので、
これも、切り替え。

退職して、年金は継続できないけど、
健康保険は継続できる。

昨晩、そんな大量の書類を見ていたら、、、

そのまま、ダンボールに突っ込んで、
封をしたくなってしまった^^;


今回は、アラレちゃんの風疹の予防接種が、
残っている。。。^^;

そう、風疹。

今は、風疹と麻疹が混合だが、
アラレちゃんは病気ばかりの子で、
風疹の予防接種ができていなかった。

で、ワクチンをお取り寄せしたのだが、
先月、ヘルペスになったので、
お預け・・・^^;
引越し2日前が、ヘルペス終了から4週間で、
ワクチン接種できる日がくる。

が、

10/2より、インフルエンザの予防接種が始まる。

今いるこの市では、就学前は無料で接種できる。

大津市は、医療制度が整っていなくて、
乳幼児でも有料。というか、月にいくらかの補助はあるが、
小学生のお小遣い程度。

今後の貧乏生活を考えると、
インフルエンザを受けてから引っ越ししたい!所なのである。

しかし。。。
優先順位を考えると。
10月、風疹。11月、12月インフル。

上手く行けば、の話、であって、
アラレちゃんは、病気っ子。。。

さて。いまから、この件を、保健センターと話し合う。

数少ない風疹ワクチン。
君も、大津にお引越しできるのかぁ???^^;


他にも。

我が家全員の、

情報提供書+診断書=(今のところ)13通
一番多く書いて下さった、ご多忙先生は、
お一人で5通でした・・・^^;
本当に、大変お世話になりましたぁ〜。


ということで、本日は、10ヶ所以上の業者?などなどに、
電話連絡日、です^^;

電話というものが一番苦手なので、、、
(顔色が見えない、話すスピードが速いと聞き取れない。。。)
&まだ、耳管閉塞が完治していない=音が痛い。

脳みそがおかしくなりそうです(T0T)


ということで、PCに向かい、現実逃避をしていました、ら。

振り向くと、ホワイトボードに、
うっでぃから。。。

あそこと、ここと、そこそこと、どちらと、、、、
と、

箇条書きで、連絡先が書かれている!


「あんた、帰宅までにこれしときや〜」と、
ボードは訴えているのであった。。。

悲しいかな。
上手く表現できない愛を感じるぴーまんであった。

さて、するか。

| | コメント (0)

2006/09/28

「ハートをつなごう第3弾」の感想文 BYぴーまん

数日、久しぶりに感情的になった?うっでぃに
占拠されていましたが・・・^^;

PC。一台は復活しました。これで、Fc2に行ける!
コメントを頂いても、PCからお返事ができる!

と、同時に、引越しまであと9日。更に、多忙になります ^^;
今度の日曜日に教会での証を控えている&
残務を抱えるうっでぃは、PCを占拠しつつ、こもりそうです。

なので、ぴーまんは、しばらくの間、
この愛着ある?95とお友達、させて頂こうかと。

さてさて、ここからは、
ハートをつなごう第3弾を観ての、ぴーまんの感想文です。
長いです。

なるべく感情的にならずに、
愛を込めて?発信していきたいと思っておる所です。
が、如何に・・・^^;

まずは、出演者の方々。収録、いや、それ以前の準備、
また、御家族の方など周囲のご理解を得ての御出演、
全てに心から感謝致します(^−^)

さて、私はアスペルガー当事者です。
同様にアスペルガーの息子も、この番組を楽しみにして、
毎回欠かさずに観ています。

そんでもって、昨日、長女アラレちゃんも、
特定不能の広汎性発達障害という診断名を頂きました。
3歳の彼女も、この番組を観ています。

話はそれますが、
子供に何らかの診断名が付くこと、私は心から感謝致します。

そして、その診断名。
私の場合【極論を言えば】何でもいいです。
アスペルガーでも、高機能でも、広汎性でも、カナータイプでも。
発達障害に関わらず、どの疾患でも。

なぜって?

それは、そこに困って、苦しんで、悩んで、疲れて、泣いている、
子供がいるから。

その、子供が、少しでも楽に生き易くするがために、
また、与えられている良い部分を、更に引き出すがために、
必要なもの=診断名であるから。

確かに、診断名は、障害は、疾患は、その子の全てではない。

でも、その障害・疾患を与えられた子供達は、
その事により、私たちには計り知れない、
悩み、苦しみ、困惑の中にいるのだから、
その部分に対して、周囲の大人達は、

【逃げないで、可能な限り介入してもらいたい!】

そう、思うのです。

果たして、御出演されていた方々、
また、同様な事例の中にある全ての御家庭において、

自分達が普段話している、これら問題
(私自身は子供の「障害」を、「家庭内においての【問題】」とは、
全く思っていません。)を、

子供の前で、正直に語ることが出来るのでしょうか?

両親共に、【障害を中心にして】、
このように思っていること、語っていること。

それを、生き難さの中で、
今、この瞬間も悶えている子供の前で語れるのでしょうか?

うちの子は、出演者の方々があのように語っていた、
そんな番組を、見て聴いてますよ。

見せなきゃいい、という、方法もあるかもしれませんが、
当事者である本人は、『ハートをつなごう』という、番組に、
何らかの期待を持ち、見たいと願っているのです。

さて、みなさん。
当事者は、子供達は、何を感じるのでしょうかね?
彼らの感覚は、鋭いですよ!

何の為の、誰の為の、育児であり、家族であり、
この番組なのでしょうか?

私が、私の両親が、あのように語っていたら、、、
私は、たとえ普段の生活の中で、なにかをしてくれる親であっても、
親への心の信頼を失います。
寂しいです。
悲しいです。

これは、私の感想です。
息子の感想は、まだ聞いていません。

父親は、【誰のための】父親?
母親は、【誰のための】母親?

みなさんの役割、立場、地位・・・
それは、みなさん、各自お一人一人のことであり、

そして、それは、【誰もが】その背景を持ちつつ、この世の中で
生きていること、それは、【当然のこと】ではないのでしょうか?

もう一度。
誰のための?親なのでしょうか?

そんなことを感じながら、拝見しました。
ハートをつなごう第3弾。

確かに、フルに親をしていたら、それは、誰でも疲れます。
障害、云々ではないと思います。

そんなことは、分っています。

私の場合は、聴覚過敏があるので、
フルになにかをしなくても、極端な話、何もしなくても、
子供達が出す激しい音の中にいるだけで、疲れます。

私にも、3人の子供がいます。

私は、離婚をしているので、多額の借金を抱え、
昼夜働きながら、一人で子育てしていた時期も、
約4年間あります。

因みに。
当時は、今の旦那の給料より、
いい給料を頂いていました、稼いでいました。はい。
何度も言いますが、私は、アスペルガー当事者です。

それに、今の世の中。
殿方より稼いでる女性は、多々存在しております。

私の周囲は、そんな女性でイッパイです。

なので、「男が外で働く方が。。。」
なんて言葉は、私の中では、地雷です。

それは、「僕の場合は。。。我が家の場合は。。。」と、
正直、訂正して頂きたく思う所です。

本当にバリバリ働ける母親は、
「仕事を理由に育児が出来ない。」とは、言いません。

育児もしっかりします。

できない部分は、信用できる場所へ預けます。
『信用できる場所があってこそ、』
バリバリ働けると思うのです。

因みに、私は、アスペルガーで、
線維筋痛症(御存じない方は、検索を)ですが、
再来月から、旦那が司法浪人をするので、
私が一家の主?になります。

正直、どこまで出来るか分りません。

ですが、「育児が出来ない。」とか、

「時間が無い。」とか、

を、【言い訳】に使うのは、

「はいっ???????」

の、世界です。

それは、前記事でうっでぃも言っていましたが、
【別問題】ではないのでしょうか???

できない状態の中でも、何ができるか?
何ならできるか?
これくらいならできるから、これはさせて欲しい、と言えるか?

分らないから教えて欲しい、と、頭を下げれるか?
できないから、子供の特性に対する要点を、
何らかの形で短時間で見れるようにまとめて欲しい、と、
妻に頼んだことがあるのか?

世の中には、5分あればできることが、
転がってるのではないでしょうか?

それを、探す努力は、したのでしょうか?

言い訳を考える前に、
何ができるか?何ならできるか?
そっちを考えて欲しい、そう、思うのは間違いでしょうか?

また、突拍子もないたとえが、出てきますが。

「今、奥さん入院したらどうすんの?
今、奥さん死んだらどうすんの?
誰が?、どうやって?、子供の面倒見るの?」と、思います。

仕事や、忙しさを理由に、
育児が出来ないとか、言ってる殿方様は、

また、それを肯定している奥様方は、
是非教えて欲しいです。

うっでぃも言っているように、
それで、家庭が成り立っている所は、それでいいと思うのです。

ですが、それで、上手く行っていないことを、
障害のセイにして、子供がそうだから、
ということで、
メディアを通して、話を進めないで欲しいのです。

私は、うっでぃと再婚する時に、また、出産の時にも、また、ちょくちょく、
「今すぐ、私が居なくなってもいい様に、あなたは準備しておいて下さい。」
と、伝えています。

で、実際、我が家は、私がいなくなっても大丈夫な状態です。
逆に、うっでぃがいなくなったら困るかも^^;
(経済的なことではないです。私は、旦那にそんな事を望んでいません。
私が稼ぎますから。)ってくらい、大丈夫です。

因みに、今は、上記台詞を息子に言っています。

確かに、家庭の中において、役割分担は重要だと思います。
また、父親にしか出来ないこと、母親にしか出来ないこと、
多々在ると思います。

ですが、そこで、その結果を、夫婦間で情報提供がされていなければ、
いざ、何かが在った時、
いや、無くても・・・

誰がするのでしょう?子育て。

なるべく、普段と同じ状態がキープされないことで、
誰が、困惑するのでしょう?

そう。
誰が・・・です。

だから、障害云々の前から、夫婦には、もとい、親には、
そして、最後に家族には、そのようなコミュニケーションが、
求められているのではないのでしょうか?

そう、誰のために?です。

全てが、子供のためにです。
ましてや、世間では育て難いと言われている
(私としてはその表現に疑問があるのですが・・・)
発達障害のある子供達を、私たちは与えられているのだから。

障害が分ったことで、夫婦の状態が悪くなったというのであれば、
それは、障害云々以前の問題であって、
なんてことはない、
それは、お互いが自分達にとって不都合な問題が起こると、
そのことで夫婦の関係が破綻する、それだけの夫婦関係であること、
なのではないでしょうか?

そんな関係は、子供に障害が無くても、
老後までに、いずれ違う形で破綻する、そう思うのですが。

ぴーまんそこまで言うか?と、思われる方、
いらっしゃるでしょう。

でもね。言わせて頂きます。

自分達の関係破綻の危機を、
【子供のセイに、障害のセイにしないで欲しい。】

子供が気の毒だった、という感想も、あちらこちらで聞かれましたが、

私としては、気の毒、とは思わない、
【子供にとって、いい迷惑だ!】

そんなことをメディアで語っている、親達を見て、
番組に期待している子供達はどう思う?何を感じる?

障害のセイ?子供のセイ?
あの表現のままでは、それ以外の何が在る?

誰ひとり、そんな、自分が、そんな自分達が、
もっと反省して、今後を考えていかなければならない、
ということを、子供達に対して、【謝罪していない】ではないか?

問題は、【夫婦のこと】と、【障害のこと】と、別々やねん!
それを、ごっちゃにせんといて!
と、思うのは、間違いであろうか?

それと、大変大変って。。。
楽な子育ては、どこにも無い。
いわゆる、定型発達児(この言葉も。。。^^;)の親であっても、
親業をきちんとこなせばこなすほど、大変なんだよ。

誰でも、誰かに、きちんと向き合えば、大変が生じるんだよ。
お互い、違う人間なんだから。

「障害児は大変。」
それを言われてる側の、自分の子供の身になったことはあるのかしら?

大変なのは、親もだけど、子供達も大変なんだよ。

職場との関係が???

子供は毎日、学校と、お友達との関係と。。。

旦那に愚痴持ちながら、くたびれてる母親と、
様々なこと理由につけて、自己弁護してる父親と。。。

全〜部の顔色見ながら、雰囲気感じながら、そこに存在してるんだよ!

障害児をなめるな!
感覚を持って、様々なことを感じてるんだよ!

と、思うのは、間違いであろうか???

でね。

障害児・者は、死ぬまで、その障害から逃げれないのよ。
仕事が、とか、時間が無い、とか、
様々な理由をつけて、障害から逃げることができないのよ。

寝ても冷めても、そのことの中にいるのですが・・・・。

逃げてる、自己弁護してる親は、なぜ、そこから逃げる。
卑怯だ。

誰の親なのだ?

夫婦で親としてのあり方を愚痴ってる、のも、必要かもしれない。

でも、誰の親なのだ?

子供の親でしょう?

妻が、とか、夫が、じゃ無くて、

【子供は】自分に何を求めているのか?
親として生かされている自分に、子供は、なにを期待しているのか?

それを考えてから、出直してこい!
と、TVを消したくなった、私は、オカシイだろうか???

前にも書いたが、個人的な夫婦の問題と、障害児が居ることを、
ごっちゃにしないで欲しい。

出演御家族の、【個人的な問題】は分ったから。
そんだけ、問題抱えてるなら、
夫婦でその問題の重箱の隅をつついていないで、

子供のために、
さっさとファミリーカウンセリングに行って下さい。

と、思うのは間違いだろうか???

NHKは、何を伝えたいのだろうか???

第1弾に出演された、お子さん達は、周囲の目に恐れを持ちつつも、
どんな願いと思いを持って、御出演されたのだろう。

そこを忘れないで、つないでいって欲しい。

編集の関係?

どのように編集されてもいいように、どの場面においても自分を持って出演するのが、出演者の責任なのではなかろうか?編集の関係という、これも、私にしたら、言い訳にしか聞こえない。

社会的な責任がある?

次世代を育てること、これも、立派な社会的責任だと思うのですが。

そんでもって、
それ以前に、一人の人間を、一人の命を制作した責任。

その責任も与えられていることも、忘れちゃならないと思うのですが。
比重の持ち方は、それぞれだと思います。

ただ、何度も言いますが、
子供を理由に、また、仕事を理由に、言い訳にしないでくれ!って事です。
開き直るのなら、頭を下げてでも開き直るくらいのところを、
見させて頂きたい、と言うことなのです。

因みに、私の元旦那は、軌道工です。

彼の仕事は、日曜以外、
朝8〜17時。一度帰宅し、仮眠し、
夜23時〜朝6時、で、1時間寝て、また仕事です。

夜勤が無い日や、日勤が無い日も、たまにあります。

で、仕事場は、線路上。
もとい、山形新幹線は、新しい線路から引いたらしい。

夏は、最高気温+10度。帰宅すれば、3Kgは体重が減っている。
高架の上も職場。間違って落ちれば下は濁流。

阪神淡路大震災の時は、ファミレスに寝泊りして、
六甲トンネルの修復、1ヶ月ほど帰ってきませんでした。

持ち歩くものは、書類ではなく、枕木。

トロッコが足にあたって、骨折しても、仕事。

目の前で、同僚が電車にひかれ亡くなることもあり。
下手すれば、明日は我が身。

私は、のびたくんが生まれる前に、仕事を変えてくれ、
と、頭を下げてお願いしました。

「無理。俺からこれを取ったら、なにも残らない。」と、言われました。
本当に、それこそ、生きがい、なのでしょう。

それでも、のびたくんが1歳10ヶ月までは一緒にいました。
妊婦検診から出産の立ち会い、他にも【育児】はサボりませんでした。
寝なくても、サボりませんでした。

が、【様々な夫婦の事情】から、関係は破綻しました。

ですが、その後訳あって、二番目を妊娠した時には、
絶対安静妊婦の私の世話から、出産の立ち会い、
産後1週間病院に一緒に寝泊まりして、のびたくんの保育園送り向かい、
洗濯や食事の世話・・・・・
産後は私は手根幹症候群になるので、できない育児が出てきます。

なので、生後9ヶ月まで、元旦那が二番目の育児の手伝ってくれました。

仕事は多忙。いや、多忙なんてもんじゃないですよ。
本当に、寝る暇無し。

おまけに、自分の子供ではない。
振り返ると、二番目も発達障害。
いわゆる、普通の新生児期、乳児期ではない訳で。

様々な事情は、背景は、関係ない。
その人間が、一人の人間を、
自分を捨ててまで、育てる気があるのか?
って事なのではないでしょうか?

できないなら、できないでいいと思うのです。

ただ、何度も言いますが、

子供や、障害を、言い訳に、使わないで欲しい。
同じ状態で、この世に生を受けている子は、
たくさんいる訳で、その子達のいい部分を、
周囲の大人達の勝手、言い訳で、潰さないで欲しい。

障害云々ではなく、
【親をしよう!】
自分の理想の親ではなく、
なるべく、子供の理想の親に近づけるように。

子供が喜べる、子供が安心できる、子供が愛されていると実感できる、
そのベースがあって、喜んで子供が一人で巣立っていける、
そんな親になろうよ!

そこに、感謝と喜びを持って。ねっ!

最後に、

「父親たち、子供を怒らせてはなりません。
主がしつけ諭されるように、育てなさい。エペソ6・4共同訳」

主がしつけ諭される、とは、
そこには、
愛と、忍耐と、希望と、喜びと、祈りがあるのではないだろうか?

全ての親が、自分中心ではなく、
【子供を中心とした、子供へ愛を持って】
子供達と接することが出来ます様に。祈りを込めて。

| | コメント (4)

2006/09/26

ハートをつながにゃぁ!2 byうっでぃ

う〜〜ん・・・

一応、今日の分を見ずに語ってはならんと思って
見たんですけどね・・・

すみません、少し感情的になっているので、
以下の文章には不快な表現が含まれている
可能性があります。

「仕事が生きがい」?
ってか、「仕事【だけ】が生きがい」?

「生きがい」って、「やりがい」とちゃうねんけどね。

「仕事だけの人生」と、「家庭だけの人生」、
どっち採るんやろ?

ってか、仕事出来なくなったら、どないするんやろ?

いや、ね。「仕事が生きがい」でもいいんだわ。
胸張って、仕事が生きがいです、って言って、
立派に仕事をしている人もいる。
本当にそれに懸けている人もいる。
その姿見せるだけでも、一つ役割を果たしている人もいる。

それで、家庭を顧みないで、でも、奥さんが
それに納得してたら、それでいいやん。
納得させれるんやったら、それでいいやん。
納得する人、奥さんにしてたら、それでいいやん。
本当に納得してたら、ケチはつけんでしょ。

ん、が、
家庭のこと、やろうと思ってるんですよ。
やらなければならないと思ってるんですよ。
やれることはやってるんですよ。
でも、仕事が生きがいでこれだけしか
できません、って、そんな言い訳に使うか?

「生きがい」なんだろ?
何を犠牲にしても、やり通す価値のあることなんだろ?
だったら、「仕事が生きがいで、家庭のことは
できません。(できない中で、これだけはします。)
それでいいなら、一緒にやりましょう」、なんじゃね?

でも、生きがいって言いながら、
仕事がストレスで、そのストレスを発散させる為に
ねぇちゃんがいるお店でお酒を飲んでる、っちゅうのは
納得できんなぁ。
いや、一般的に、そんな人、よう見るなぁ、って。

生きがいに満足してなかったら、
目も当てられん。

ってか、生きがい、とか、先立つものが、とか、
男の方が稼げる(そない言う男の人って、稼げる
女の人と結婚できへんのやろな〜)
とかって結局言い訳で、それしかできへんのちゃうか?
と、これは疑心暗鬼。

「障害者の親だから○○しなければならない、とは
思わない」?

そりゃ、そうだ。
そのとおりだ。
子供を理解すること、子供を理解しようとすること、
その子の特性にあった対応をすること、
それは、子供がどうであれ、しなければならないこと。

「知識ではなく、子供を観ることが大切」?

そりゃそうだ。まぁ、知識も大切やと、思うけどね。

でも、観てるのか?理解しようとしてるのか?
チェックシート作らな、観れないのか?

観ないといけない、でも、観れない。
物理的に(時間的に?)困難?
だったら、疲弊していようが、なんだろうが、
聞かないといけないっしょ。
観たい、と思うんだったら。

聞くのができないんだったら、ビデオに
撮ってもらってもいいんじゃないの?
頭下げたら、やってくれるって。(多分)
運動会とか発表会とかじゃなくて、
本当に日常、日常的に起こっている、
バトル。
それを、観ていて面白くないんだったら、
リアルで観ることはできない。

奥さんの言い方の問題じゃなくて、
現実から目を背けたいだけだ。

「高圧的に言われると萎縮する」?
「高圧的だと腹が立つ」?

あんたらのかぁちゃん、
そんだけ頑張ってるんやん。
そんだけ勉強してるんやん。
そんだけ切羽詰まってるんやん。

会社の上司にだったら、
高圧的に言われても聞くのに、
キャリアの違いという点では
同じなのに、聞かれへんの?

「プライド」?
プライドっちゅうのは、できる人間が持つもの。
やってる人間が持つもの。

できもしない、やろうともしない人間が持つのは、
「意固地」あるいは「体裁」

結局、夫婦、ちゅうか、本人の問題なのに、
「子供の障害ゆえの育て難さ」のせいに
しているのが、一番腹立った。
定型発達だったら、上手くできるっちゅうんか?

あ、そうか。お父さんが協力しなくても、
お母さんが騒がない、ってことか。

お願いします、NHKさん。
やってるお父さんか、
やらないことに開き直っているお父さんを
出して下さい。

| | コメント (0)

ハートをつながにゃぁ! byうっでぃ

(人によっては)はじめまして、
ぴーまんさんの不肖夫のうっでぃで〜す。

NHKの「ハートをつなごう」を見て、
どうしても書きたくなったのだが、
自分のブログは開けない状態なので、
この場を無断でお借りすることにしました。
番組を見てなくて、わけわかめの方はご容赦を。

結局、今回の父親シリーズが何を伝えようとしているのか、
それは、明日のお母さん方とのバトル(期待込)を
見なければよく分りませんが、
今日の分だけを見た感じでは、
(ってか、今日の分しか見ない人も多そう・・・)
頑張れないお父さんに対する応援歌、
っていうか〜(コギャルちっく)
擁護にしか見れませんでした。

「仕事」?1日の3分の1程度、
残業(せんでもええやん)と通勤込でも2分の1?
いや、職業によってはもっとかかる場合もあるかも。
睡眠時間引いても残りを家庭にかけたら
まだお母さん方は納得できる(かも)。
ってか、休みはあるやん。
結局、家庭にかけられないんじゃなくて、
かけないだけですよね?

「母親には妊娠期間の10ヶ月のアドバンテージがある」?
それを取り戻す努力をしたんか?と。
ってか、「子供」に対するイメージが、
メルヘンチックなんちゃうか?
子供を抱えた夫婦のあり方に、
2人だけの蜜月を引きずってるんちゃうか?
(ってか、わしら2人だけの期間って・・・ないし)
ってか、お母さん方にも非あり。
無理矢理にでも妊婦検診に毎回連れていって、
実感湧かせたらな。
立ち会い出産?
その苦しみが想像できるんやったら
(いや、想像できないならなおさら)
しときぃさ。

「小さい頃はお父さんは出来ることが少ない」?
「子供が泣いたらオロオロしてお母さんの
所に連れて行くしかない」?
ぴーまんさん、子供の泣き声疲れるし、って、
子供が泣きじゃくったら(お乳じゃなかったら)
わしんとこ連れて来んねんけど(汗
オムツ替えは99%わしなんやけど。
寝るまで、何時間でも抱っこしておんぶして
なんやけど。
夜泣きしたら、寝ぼけながら
抱っこしてんねんけど。
離乳食?作りまっせ。食べさせまっせ。
げっぷさせまっせ。

いや、授乳はね、母乳だったら(今の所)
お母さんしかできへんよ。残念ながらね。
でも、お母さん、それだけでくたくたやん。
4時間に1回(平均ってそれぐらい?)
自分の体液吸いとられるんやん。
ホルモンかけめぐりやん。
それ知っとったら、他のことぐらいせなあかんやろ。

「仕事も100%やって家庭でも100%やる
スーパーお父さんにはなれない」?
100%の努力をしなくて、後悔はしないのか?
ってか、やろうとしてないやん、
なれないって言ってる時点で。
結果が100%じゃなくて、
努力が100%あればいいっしょ。
結果はついてくる。

「あなたも父親]?
「あなた【が】父親!」

頑張ってる、ってか、
【あたりまえ】やと思ってやってる父親に失礼やんか。
そんなとうちゃん、ごまんとおるわ〜

・・・おるよね?(ちょっと弱気)

朝起きたら、しんどい言うて、
かぁちゃん(誰とは言わん)起きてこないとか〜。

しゃぁないから、飯作って、子供ら起こして、
食べさせながら、
出かける準備。

プリーツスカート(制服)のアイロンがけ
3人分の連絡帳記入・歯磨き・お着替えをさせる
保育園の荷物の準備・娘の髪結い・
トイレを占拠する息子の急き立て・
幼児の食後の片づけ・・・・

きりがねぇ・・・・

あれ?

お父さんの準備は????

ってか、自分食べられへんし。
ってか、食欲起こる時間も無いし。
ってか、髭剃りなんかしてられんし。
ってか、トイレなんか、いってられんし。

で・・・・・。

【職場に全ての事情を説明して】、
頭を下げて、
時間休暇をいただいて、
(仕事の量は減らされないし、死ぬ気で働いて、
行ける時は土曜に無給で働いて)
小さくなりながら1時間周りより早く職場を出て、
リセットする=休む暇も無く直行で保育園に迎えに行って、
ぐずる子供ら抱えてひ〜こら帰ったら・・・

やっぱり、かぁちゃん、線維なんちゃらとか、なんやかんや、
しんどい言うて寝てるし〜〜

息子、「腹減った〜〜」で、かんしゃく5秒前やし〜〜

飯準備して、食べさせながら風呂の準備して、
保育園の汚れ物洗濯に回して、
子供ら風呂に入れて、
洗濯機まわしつつ、聖書を輪読して、
寝かしつける為に1時間ドライブして、
帰ってきてベッドに移してオムツに変えて
部屋に戻ってみたら・・・

かぁちゃん、ブログ訪問&更新に必死やし〜〜〜
いや、諸般の事情で、それも必要やと思うから
えぇねんけどね〜

洗濯物干して、洗濯物畳んで、
洗い物して、
元気になってきた〜〜とか言う
かぁちゃん寝かしつけたら・・・

日付け変わってるやん!

いや、別に誰のいつの1日とは言わんが、
我が身に起こっても不思議ではない。

ってか、「仮に」我が身に起こっても、
【あたりまえ】と感じるのだが・・・

誤解のないように断っておくが、
「たとえ」我が身に起こっても、(しつこい)
それは、「悲しいこと」でもなければ
「可哀相なこと」でもない。
役割・責任を果たすことであり、
大きな報酬を得ることなのだ。
疲れはあるが、苦痛はない。
喜びはあるが、疎外はない。

共に生きる、人を愛する、
「ハートをつなぐ」というのは、
そういうことではないのかい?

結局、障害云々以前の話なのだ。
NHKは何を伝えたい?
明日には期待していいのか?

なんか、久しぶりに熱くなってしまった。

P.S 元旦那様、2人目の時はお世話になりました。

| | コメント (0)

2006/09/25

神への求愛を奏でる道具であること

前の記事で書いた、のびたくんが観ていた、進化論のTV。

サイエンスZEROの8月14日放送分でした。

ジュウシマツが求愛行動をする時に発する、
歌の周波数は、
人間が使う文法と同様に、
一定の規則がある、

みたいな事を言っていて、

大脳皮質の運動野と、延髄の発声制御系の位置関係が、
ジュウシマツと、ザトウクジラがほぼ一緒。

ザトウクジラも、歌を歌う。

で、人間も、ほぼ一緒。

ということから、

人間の祖先も、ジュウシマツやザトウクジラと同じように、
求愛の歌を歌っていた、と考えている専門家がいる、
ということをTVは喋っていた。

そして、

人間の先祖は、
食事にときも、狩りに行く時も、あらゆる場合において、
歌を歌い、それが、言葉として変化した、と。

そこを観ていて、
私は、「讃美と一緒やな〜。」と、思っていた。

すると、のびたくんが、
「へ〜。讃美と一緒だね〜。」と。

・・・・^^; ハハハっ。また、同じこと考えてるし。

私「そやね。何をする時にも、讃美やね。」と。

そんな事を考えながら、
昨日からの大量の洗濯物と戯れて?いた、ぴーまん。

ふと、思うのであった。

んじゃ〜、さぁ〜。
せっかく、言語を与えられたんだからさっ。

(進化論でもナンでもいいんだけど)
各行動の度に、歌を持って、
あらゆる感情を表現してた、その言語って道具。

やっぱ、
私の、私たちの、その言葉ひとつひとつに、
私の、私たちの、その行動ひとつひとつに、

讃美を持って、
讃美を携えて、
使っていかな、
あかんよなぁ〜、

と、

改めて、心から思ったのでした。

あぁ、大きく、反省。

聖書には、口の災いについて、
また、
語る事への注意点が、たくさん書かれている。

『だから、偽りを捨てて、それぞれ隣人に対して
真実を語りなさい。エフェソ4・25』

『悪い言葉を一切口にしてはなりません。
ただ、聞く人に恵みが与えられるように、
その人を造り上げるのに役立つ言葉を、
必要に応じて語りなさい。エフェソ4・29』

『そして、何を話すにせよ、何を行うにせよ、
すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、
父である神に感謝しなさい。コロサイ3・17』

『これは、わたしが彼らと結ぶ契約であると主は言われる。
あなたの上にある私の霊。
あなたの口においたわたしの言葉は
あなたの口からも、あなたの子孫の口からも、
あなたの子孫の子孫の口からも、
今も、そしてとこしえに
離れることはない、と主は言われる。イザヤ59・21』

キリがなく、御言葉が溢れてきます。

心から吟味し、注意し、語らなければならないこと、
また、気付きと、悔い改めを頂きました。

そして、逆に、
私は、私たちは、
何の為にその口を与えられているのか?
与えられたその口を、最大限に活用しているのか?

そのことも考えなければならない、そう、思います。

ここ数日、そのことをテーマに、
うっでぃと、ちょっとバトル?っていました^^;
いやいや、神を讃美する素敵なバトルです。

私たちの周囲には、沢山の情報があります。
沢山のしつけ方法、教育方法、療育方法があります。
沢山のテキストがあります。
沢山の先輩がいらっしゃいます。

ひとつひとつに、本当に感謝です。

しかし、

みなさんは、
それらを真剣になって学ぶと同じくらい、
毎日聖書から学ぼうとしていますか?

3食の食事と同じくらい、
御言葉の糧を得ていますか?

私?
はい。せっかく継承されたのに、
ズーッとサボってきました・・・^^;

しかし、子供達への継承を真剣に考える時、
そうは行きません。サボれません。

毎日の家庭での聖書の時間は、
何よりも、一番重要です。

時に、何かの理由をつけて、サボります。
弱いです。

だからこそ、御言葉から離れられない。

その体制を作ること、が、我が家での、毎日の、
一番の課題です。

のびたくんは言いました。
「かんしゃくを起こしてる時間がもったいない。
無駄だ。だから、かんしゃくは止める。
かんしゃくを起こすと、聖書を読む時間が無くなる。
それは、一番困る。」と。

かんしゃくで、ご飯が食べれなくても、
眠れなくなっても、
かんしゃくすることで、自分が嫌な奴に感じちゃっても、
そんなことでは、困らない。

聖書を読む時間が無くなるのは、困る、だそうで・・・^^;

聴いた時には、びっくりしました。はい。

家族全員で聖書を読むがために、
うっでぃは残業をしません。

聖書の為に、すべて、シャットアウトです。

毎日、そうやって聖書を読ませて頂いてるのに、
あぁ、私の口は
災いを運んできた。

反省と悔い改め。

そして、もっともっと、聖書を読んで、
常に御心を尋ね求めれる僕とさせて頂きたいと、
心から祈ったのでした。

様々な不安や、家庭での問題や、人間関係の問題や、
悲しみや、苦しみや・・・・
一杯ありますが、

答えは、すべて、聖書の中にあります。

是非、真剣に、時間をかけて、
ちょっとの間、何かをするのをやめて、

聖書を読んでみて下さい。
開いてみて下さい。

その悩みの答えがあるから。

悩みの日に、私を呼べ!と、神様は言っているんだから。

私は、私たちは、
神への求愛を歌うがために、
準備された僕です。道具です。

共に、素敵なハーモニーを奏でましょう。

☆今日も感謝です☆

| | コメント (0)

それもそれで、いいんじゃない?

ある時、私とうっでぃは、内緒話をしていた。

ぴ 「ふふふ。いつ言ってくるかね?」
う 「あっ、俺も思ってた。」

ぴ 「やっぱり?」
う 「うん。」

ぴ 「でも、たぶん、言ってこないよ。」
う 「なんで?」

ぴ 「私もそうだったから。」
う (不思議そうな顔)

ぴ 「『へ〜。そういう考えもあるんだ〜。』
ってくらいにしか、思っていないってこと。」
う 「なるほど。」

さて、なんの内緒話をしていたか?というと、

進化論と天地創造のこと。

のびたくんは、地球ドラマチック、とか、科学のお話、とか、
大好きなので、進化論のTVも欠かさず観ている。

で、

「おぉ。すげ〜〜!」
「世間のニュースなんかより、よっぽどおもろい!」
とか、真剣・集中・感動してる。

TVを観ている彼からは、進化論と天地創造を比較する、
とか、
何らかの混乱を招いてる状態を、私は感じない。

で、

運動会の振替休日の今日も。

私が昼食準備をしている間、
彼は録画していた進化論のTVを観ていた。

言語の発達のことなど、TVは一生懸命喋っている。

で、

観終わって、すっきりしてるのびたくんに、
なんとな〜く、

返ってくる答えが見えてる中で、

あえて尋ねてみた。

ぴ 「ねぇ。君は進化論と天地創造、混乱しないの?」と。

の 「はっ?」(ナニ言ってんの?顔。)

ぴ 「ん?だから、聖書が言ってる事と、TVが言ってる事、
大きく違うじゃん。」

の (鼻でクスっと笑いながら)

「それもそれで、いいんじゃない?」

(そんな質問をした私を、ちょっと小馬鹿にしてる面)

ハハハ。
やっぱり、子供の頃の私と一緒だった・・・^^;

【 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。

悪しき日が来たり、年が寄って、
「わたしにはなんの楽しみもない。」
と言うようにならない前に・・・

旧約聖書・伝道の書・12の1】

しっかりと造り主を知ることにより、
『この世的な』
余計な不安と混乱から開放されること。

そう、忘れていただけで、
私も知っていたはず。

また、思い出させて頂いた。

☆感謝である☆

| | コメント (0)

2006/09/24

のびたくんの、運動会から学ぶ

お昼、知らぬ間に、二つほど記事がUPされてました。

初?いや、実は二度目の、ぴーまん画像です。
次回は、もっ、ちょっと、まともなモノを。

今日は、のびたくんの運動会でした。

彼が1年生の時は、私はガッちゃん妊娠中の8ヶ月。
で、安静の指示が出ていたので、
&アラレちゃん1歳8ヶ月。
2人とも寝る場所が必要でした。

因みに、その年は10月でも凄く暑くて、
体育館は、おそろしくクソ暑い。。。
アイスノン持参の運動会でした。

2年生の時は、ガッちゃん生後10ヶ月。
伝い歩きで目が離せない。
離乳食で大変&授乳数回。
&アラレちゃん2歳8ヶ月。
どこにでも勝手に行くので、目が離せない。
休憩場所が必要。

ということで、

過去二年間は、
朝6時前に、
本番前の、親の運動会!=場所取り、
に、出かけていたうっでぃ。

息子の運動会前にいい成績をGETしていました。

で、今年は。。。

『この2人が、午前中に寝る訳なんか無いじゃ〜ん!』
ってことで、

【場所取りせず】

で、グウタラ親子は、のびたくんの一番目の種目、
1分前に、小学校へ、どうにかこうにか到着。

そんで、1種目を観て、いざ、場所探しへ。。。

今年は、結構涼し(と言っても、あ・づ・い・で・ず。)かったので、
外でお弁当も考えましたが、
今朝のガッちゃんは、めちゃ早起き=確実に昼寝。

じゃ、多目的室が11時に開くのを待とうか?となったけど、
いや、もしかして、、、
6時の場所取りの残り=体育館の、
どこかのスペースが空いてるんじゃない???

と、見に行きましたがさっ!

空いてましたよぉ〜(^0^)

【特等席】

壇上=ステージの、ど真ん中!

日本の旗の、真下。

ってことで、そこです。我が家の場所。
で、お昼は、のびたくん、体育館の諸君に背を向けて
昼食摂取していたのですよ。

ふと、うっでぃが、写真を撮ってみると、
すげ〜背景・・・^^;

二つ前記事、画面が小さすぎて面白くもナントも無いかも。
ですが、我が家族のツボにはまった、そんな一枚でした。

で、続き。

校長先生が立つ所、で、寝ていた、ぴーまん!

残念、そうではないです。
そこまで、度胸はないので^^;
昼食後にガラガラになった体育館。

数分、ゆっくり?寝させて頂きましたぁ。

さてさて、のびたくんの成績?は。。。

技巧走は、なんか、男女別々の場所からスタート。
中間で一緒になり、
くじを引き、決まった事をする、って、良くあるやつで、

なんか、女の子と浮き輪をつけてグルグル回っとりました。

上手い事、回れていました(^0^)
ビデオを撮るので必死で、順位は知りませ〜ん。

徒競走は、、、
彼の【スタートは】いいのですよ♪ い。つ。も。

で、

スタートしたら、振り向いて、周りを見るのですよ〜。
①誰も居なくて不安になる。
②振り向くと、みんなも走り出してる。
③安心する&やった〜!一番だ!

と、嬉しくなっちゃってるうちに、
みんながいなくなるのですね〜。

で、びり。

でも、可愛いのですね。
その後でも、諦めずに必死に走る姿と、その一連の行動が。

まっ、親としては、
その一連の行動が無くなる事は、【寂しいので】
スタートの仕方を教えなかったりします・・・^^;

そっ。うっでぃは、リレーの選手だったらしい。
私は、小学校時代、市の陸上競技大会の、
ハードルの選手でした。

ふふふ。はい、私らは、薄情モノです・・・^^;
(正しくは、何でもですが、自分から質問してくるまで、
自分から練習したいと言うまで、私らは教えません。)

あ ・・・・(−。−;)

でも。

スタートの構えで。

右手、と、右足、の、
両方が、
出てるのは、

やっぱ、問題だわな。。。。^^;です。

団体競技は、
一本の長い棒を、3〜5人で持ち、
二つの地点で、中心軸をになる人間を、
左右入れ替わらせながら回り、
その後、
クラス全員が並んでる=スタート地点に戻り、
その戻ってきた棒を、
クラス全員が、前から順番に飛び跳ねる!
という、(伝わるかな?)

すげ〜〜〜!と、思わず感動するモノでした。

だって、誰かが飛ぶタイミングをずらしたら、
お・し・ま・い。

そんでもって、
のびたくんのクラス。

回転の途中で、
隣のクラスの棒とぶつかりあってしまいましたが、

ダントツの一位!でしたぁ(^0^)

めっちゃ、感動しましたわ。

総合では、何位かね?本人も聞きそびれていたらしい。
私が聴いた記憶だと、びりか、その一つ上。
(因みに、去年は優勝でしたが)

でも、なんか、そんな結果より、
のびたくんが、楽しめた運動会。
良かったです♪

3年前、幼稚園最後の運動会で始まった、熊本での生活。
越してきてすぐに、ほとんど練習せずに参加しました。

京都の保育園は、はだしでの、完全自由保育

完全手作りお給食+手作りおやつ、
で、
鴨川と御所が、毎日の遊び場だったのびたくん。

幼児期、毎月熱を出し、体温計がエラーになるほど
高熱と戦っていたのびたくん。結果、無気肺。
身体が弱かった彼に必要なのは、
しつけ、お勉強。。。ではない。

体力!

そう判断したぴーまんは、
3歳ののびたくんに、その保育園を選びました。

その保育園で、朝8時から夕方6時まで、
昼寝もせずに、フルに遊んでいた彼は、
体力と、音楽に合わせて自由に、喜び踊る楽しさと、
どこまでも走る喜びを、
京都の自然から、また、その保育園から、
お友達との遊びから学びました。

そんな彼は、転入園すぐの運動会も、
喜んで楽しく、練習を続けてきた、
他の子に劣る事無く、参加できました。

その、熊本生活。
彼の中では、運動会で終了です。

(残り、約10日ありますが)

昨晩の彼は、
(興奮すると出る)鼻血が止まりませんでした。

今朝の彼は、「だるい、のどが痛い。」
と、朝食に40分かけていました。

(あっ、私の様に、ドタキャンの口実ではなかったようです^^;)

朝からチョット、
最後の大イベントに、おセンチ?でした。

さてさて、

「晩御飯は(好物の)ドンベイがいい。」と、

そんでもって、見たいテレビが観たい、と、
今朝の【プ○キュア】の録画・・・^^;
を、観ながら食べて、

聖書も読めずに、「(聖書が読めなくて)御免、眠い。」
と、寝た、のびたくん。

本当に、いつも、彼の努力には頭が上がりません。
すげ〜な〜、と。

運動会嫌いなぴーまんも、
そんなのびたくんの、
「本当は転校したくない。仲間と離れたくない。」
などなど、
様々な思いを打ち消す決断をした訳だから、

もうちょっと見習って、努力せねば!と、反省でした。

今日も、息子から学んだぴーまん。
☆感謝です☆

| | コメント (0)

う〜ん…ど〜かい?2

う〜ん…ど〜かい?2

前のは、人混みを背景に弁当を食べるのびたくん。
んでもって、疲れて体育館で寝るぴーまんさんとがっちゃん。
Byうっでぃ

| | コメント (0)

う〜ん…ど〜かい?

う〜ん…ど〜かい?

| | コメント (0)

前記事、追記です。


すみません。

ドタバタしている所で書いて、
そのまま、UPしてしまったら、
凄い間違いだらけで。。。^^;(恥)

運動会は、昨日今日ではなく、
今日明日です。

他にも、読みにくい所がイッパイ。

すみません。

う”っ。

言い訳にならない、言い訳を。。。

神経を抜いた下の奥歯の治療を、
約半年もしていたのですが、
そちら側と同側の上から、

親知らず

ってモノが出てきて、化膿しまくり。

耳管狭窄の為、一ヶ月間も、
鼻から金属の管を入れての通気に、通っていましたが、

もう、限界。

通院自体が、そもそも、面倒。
その上、鼻が痛い。もう一ヶ月近い、辛い。
(私は鼻腔に狭窄があり、乳児用の鼻管使用です)

このところ、歯のせいか、微熱は引かないし。
マジ、限界。
となり、

昨日、鼓膜切開、しかも、両側、してきました。

するなよ。

運動会の前日に^^;

ですよねっ〜。

耳は使い物にならないし、歯茎は痛むし、
紫外線にあたりすぎて、目は変だし、

頭部周辺は、ぐらぐら〜、
肩凝り、ばりばり〜、
思考回路、停止〜、
です。

そんな時に、友人に送るメールも、
読み返すと最悪。

じゃ、書くなよ^^;

ですよねぇ〜。

お〜っと、先ほどまで、

昼寝もせずに、
本日6回目の「運動会ビデオ」を観ていた、アラレちゃん。

とうとう、寝ました〜。

4回目過ぎた頃から、
うっでぃと、バトルっていましたが、

「納得するまで、見せてあげて〜!」

と、お願いして。

彼女の場合、気に入ると、
「納得」というか、
その
「内容を丸暗記するまで」
なのですけどね・・・^^;

言葉のひとつひとつ、
動きのひとつひとつ、

丸暗記。

それが、納得。

う〜ん。。。我が子ながら、大変ですね・・・^^;

あまりに寝てくれないので、
諦めて、
弁当作りを始めそうなぴーまんでした。

そうそう、
運動会のお弁当と言えば、

「筑前煮」なのでしょうか?

我が家は、全員が好きなので、
上記理由で煮物!とか、考えて、
21時過ぎに買い物に出かけたら、

水煮状態&冷凍状態の、
筑前煮の野菜が入った品物は、
完売でした・・・^^;

マジ驚いた(@0@)

運動会ネタ、暫く続きそうな我が家&ぴーまんです。

では、

お弁当のために、寝ます。

| | コメント (0)

2006/09/23

う〜ん。。。ど〜かい・・・?


今年は、昨日今日と、
二日続きの「う〜ん・・・。ど〜かい・・・?」ですっ(T0T)

運動会、については、
各お宅、各、お子さんで様々な反応があるようですね。

うちの場合。

学校関係の年中行事の中で、
もっとも嫌いなのが、「う〜ん・・・。ど〜かい・・・?」!

と、胸はって言うのは、わ・た・し。

なんとまぁ、うちの子供達は【大好きな行事】です。

普段の朝は全く起きてこない&朝食なんか摂取しない、
そんなアラレちゃんも、
『早寝・早起き・早う○こ』とかって言う、
なんか、上手い語呂合わせにつられて、
早起き、しっかり朝食、でもって・・・
いつもは、夜にする、う○ちまで済ませます。

のびたくんは、学校の練習でハッスルしすぎるので、
この時期は、帰宅後ぐったり〜、でしたが、
今年は、それが見られません。
スイミングなどで、それなりに体力がついたのでしょう。

それと、彼の身体は、親もビックリするほど、
奇麗に筋肉が付いていて、
無駄な脂肪が無い。
彼は、幼児期から、栄養素に興味があり、
この時期になると、どこか意識的に、
野菜と納豆をバクバク食べる。。。^^;
毎食名納豆には、ちょっと参るが。

おやつは勿論なこと、食事も馬鹿食い?しないので、
中からも、疲労しないのでしょう。

そんでもって、
これも子供の頃からなのだが。。。
彼は、大抵、20時30分には寝る。

で、6時〜6時40分に、自分で勝手に起床。

そう、一歳の頃から、日の出と共に起きてきて、
さっさと、出かけていく子だった。

で、うちの子達は、
走るのは遅い。が、好きらしい。
だから、徒競走の順位結果が、ある程度見えていても、
喜んで、それなりに全力で走っている。

今回は、
「もし、ビリになりそうだったら、
途中から、カニさん走りするわ〜(^0^)」
とか、言っている^^;

ダンス系は、運動会とか関係なく、
元々、全員が大好きなので・・・

毎晩、兄妹、も・と・い、
うっでぃ込=私を除く全員で、
行進から練習している。

「ぴっぴ!」とか、笛の真似しながら。
2〜4匹が、その辺を歩いていく。

あ、マジ、Drスランプのアラレちゃんとガッちゃんが、
行進してるのを想像して頂いたら。。。

まぁ、この子達って・・・

もとい、

この家族って・・・?
・・・^^;の世界に、
私は、約一ヶ月、連れられていく。

ガッちゃんも、それはそれは、上手にダンスを踊っていた。
そりゃ〜、毎晩、お姉ちゃんが仕込んでるし・・・^^;
って感じに。。。

で、

保育園の運動会。
終了し、帰宅後。
4回目のビデオが流れている。

アラレちゃん、終いには、
「楽しかったぁ〜〜。」と、

『思い出し大泣き』をしている・・・^^;
可愛いと言ったら、可愛いのだが。。。

『ご・か・ん・べ・ん・を〜っ!』

明日の準備が、ススマネ〜。
買い物にイケネ〜。
って感じですが・・・^^;

そうそう、ぴーまんが「う〜ん・・・。ど〜かい・・・?」
が、嫌いな理由は。

何故に、
一日中、
うるさい所に、
居なければならないのか!と言うこと。

何故に、
競技をしたくない子供に、
無理矢理させるのか?!を、
感じなければならないこと。

あぁ、今日も居ました。
4歳児が、鼓笛隊で小太鼓をさせられていたのですが、

彼女。

並んだ途端、
ばちを持ったお手々を、お耳にあてて、
耳をふさぎ始めました。

分ります、解かります、判ります。

私も、うんどうかいの日は、
一日中、
耳栓使用!ですから。はい。

自分が、嫌いな騒音(当事者にとっては、騒音)を、
自ら出す事を強いられる、
ぁぁ、そこ気持ち。。。

つらい。

で、保育士さんに、無理矢理打つようにされ、
終いに彼女、泣きながら
しゃがみこんでしまいました。

嗚呼、連れて、逃げてあげたい〜ぃ〜(T0T)

ぴーまん、我慢。

最後の最後まで、泣きじゃくっていた彼女。

あまりの辛さに、私。
退場ゲートに行っちゃいました。

で、私はしゃがんで、泣いている彼女と、
おしゃべりしました。

「立ってるの辛かったね。お耳、痛かったね。」
と、話し掛けると、
泣きながら、
「うん。お耳が痛い。嫌だった。」と。

そのまま、保育士さんに連れて行かれた彼女。
「ァァ、 誰か、
彼女の辛さに、気付いて下さいますように。」
と、祈り、うんどうかいが終了後、
ちょっとだけ、主任先生とお話しました。

私は、具体的に何かを言ったわけではありませんが、
(その子の背景が分らないので。)

「私も、うるさい音が辛いです。
だから、耳栓を利用しています。
そういう子も、いる、ことだけ・・・。」と。

他にも、うんどうかい、が、苦手な理由と、
ちょっとした、思い出がありますが、

アラレちゃんが、復活したので・・・^^;

明日の買い物へと、
れっつご〜!です。

あぁ、へとへと。

あ、

あすは、小学校の正門に、
かき氷屋が来るので、

小学校は、敷地が広い=音の辛さが半減する。

それで、どうにか過ごせる、ぴーまんです。

あ、そうそう。
せっかく作った、弁当。

隣に座った家族が、
破けたブルーシートを利用していて、、、

うちの弁当は、
開けてすぐに、

ブルーのクズで一杯になり。。。。

家族は、誰も食べてくれんかったぁ〜(T0T)

2リットルのペットボトルの中まで、
ブルーのクズでイッパイな時には・・・・

流石に、
ぶ。ち。ぎ。れ。た。

で、

空腹&脱水、の、

う〜ん。。。
ど〜〜〜か〜〜〜い〜〜〜???

が、『無事』本日終了いたしました。

☆感謝感謝☆

| | コメント (3)

2006/09/22

喜ぶ・祈る・感謝するから、親子関係の気付き

うっでぃのPCは、持ち主と同じで?やはり瞬間的な回復でして・・・^^;

また、引きこもっております。

と言うわけで、年寄りPCで頑張っていましたが、

記事は書けますが、投稿が上手く行かず、

何日もかかったりしてました。

知恵を絞った?ぴーまん&うっでぃ。

PCメールで投稿してます。(そこまでするかよ・・・^^;はい。)

さて、今日は、先日、実家に行っている時に、ふと、思った事です。

(ぴーまんが勝手に思っていることで、、、 どこかのテキスト?とかとは、大外れ〜!な事を言っているかもしれません^^;あしからず。)

最近、ぴーまん的クリスチャン話?が続いていて、キリスト教と無関係な方、申し訳ありません。

でも、「へ〜。ぴーまんには、こんな側面もあるんやね〜!」と、読んで頂けたら幸いです。

【いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。
すべてのことについて感謝しなさい。第一テサロニケ 5・16−18】

という、聖句があります。

私の幼稚園の園訓は【いつもよろこぶべし】でした。

なので、3歳の頃から、この言葉は私と共にありました。

【これが、キリストイエスにあって、神があなたがたに求められている】

と、聖句には続きがあります。

私自身がASだからでしょうか?よくわかりませんが、私的に、これらの御言葉が、「MUST」でなかった。とは、言い切れません。

なんとなく、日本語で、「〜しなさい。」とか、「べし。」で終わっていたので、私は、「MUST」と解釈していた部分があります。

いや、勿論、そんな事が出来なくても、全く飾らない野の花を愛するが様に、私自身を愛して下さる神様の存在も知っています。多くの自らの罪の中で、その愛を体感して生かせれてきました。

でも、頭から、「MUST」を、切り離せない部分が、正直、あったのです。
30年間も・・・^^;

それがですね〜。

実家に帰った時に、この春、4つ目の大学を卒業して、医師国家試験の為に勉強していた37歳の兄(いつまで学生?と、突っ込まないで下さいね・・・^^;)の部屋を、寝床に使わせて頂いていたのですが、そこには、勉強していた状態がそのまま残っていて。

机、パソコン、テキスト、問題集、オーディオ・・・そのまま^^;

まるで、「君、まだ、住んでるんちゃいますか〜?」って、状態。

神学部を出て牧師にならずに、周囲からは、どこか「変人」扱いされていた彼の、また、その年齢になり、一生懸命勉強していた、なんちゅうか、他者には理解できない苦労が感じられて(涙)

ふと、床に横になってみたくなり、
【彼が毎晩見つめていたであろう天井】を、見てみたのです。

そしたら、いろいろな聖句が、
ば〜〜〜〜っ!て、沸き上がってきて。

そして、先ほどの、テサロニケの聖句に、疑問を覚えたのです。

正しくは、

聖句の【順番?】などに。

① 元々の聖書には、なんて書かれてるのかな〜?
② べしは=「MUST」、じゃ無いなぁ〜 (^〜^)

とか、ボロボロ浮かび上がってきます。

私たちは、現実の世界で、「なんで?」の怒り・悲しみ・絶望・・・に出会っても、そのこと=怒りなど、を、隠さず、そこにある【神様の御心】を求めつつ、【いつも正直】に、

「神様、このどうしようもない私には、貴方のされようとしている事が理解できません。どうぞ、この、どうしようもない僕に教えて下さい。私は、貴方がなさろうとしている事の、単なる道具に過ぎません。ですが、神さま、私は、この状況が辛いです。耐えられないです。どうぞ、貴方の御手を持って、この私を助けて下さい。」
と、

①【常に祈りつづけるならば】

主は、答えて下さる(=祈りはすでに叶えられている。という聖句から)

それ=祈り、は、父である「神との対話」であり、(もちろん、祈る=こちらの話だけを聞いて頂くのではなく、聖書から御言葉=神様の言葉を毎日聞かなければならない、と思います。それで、対話)それにより、多くの気付きと、悔い改めを頂き、その事により、

②【心からあらゆる事柄に感謝することが出来る】に至る。

そして、際目付けは、

③【いつも喜ぶ事が出来る】のではないか?と。

もちろん、命を与えられた事、とか、罪人である自分の為に、十字架にお架かりになったキリスト、その存在そのものへの、「喜び、祈り、感謝」はありますが、なんせ、弱い私。

普段の生活の中での、ちょっとした事で、すぐに凹み、ムカツキ、いらつき・・・

だから、毎日、(強制的にでも)祈りの時間と聖書の時間をとらなければ、私は、この世の中でやっていけません^^;

それらの繰り返しが、希望に繋がり、どんな苦難もを乗り越えていける、そんな信仰に少しずつでも変えて頂ける、そう思う、それを体感したのです。

【正直な対話】これは、信頼関係が無ければ成立しないものであるという事を、この土地に越してきて初めて体得したものです。

【正直】という言葉の捉え方を、間違って欲しくないのですが、何でもかんでも思う侭に語ればいいと言う事ではないです。むしろ、そこに、愛を持って、互いに良い関係を作り上げる事を目標・目的とした、その背景があっての【正直】です。

そして、これは、お互いがそれを望んでいなければ、話にならない、対話にならない、という事も、多くの事例を通して学ばせて頂きました。

さて、神様との祈りのスタイルについて、ある宣教師の先生(この方との出会いにより、うっでぃはクリスチャンになりました)がおっしゃっていたことが忘れられません。

「神さまは、偉大な方であるけれども、父としての神様である訳だから、私たちが普段、『ねえ、お父さん!あのさ〜。』と、普通に話しかけるように話していったらいいんだよ。それは、歩いている時でも、TVを観てる時でも、お風呂に入っている時でも、何をしてる時でもいいんだよ。だって私たちは、何かをしながら、お父さんと話をするでしょ?そう、どんな時でもいいから、話したくなったら、話したらいいんだよ!それが、祈りだよ。そして、神さまは、ザンゲの様なかしこまった祈りを求めているのではなく、そんな、身近な子供からの祈りをきっと求めているよ!」と。

確かに、この方法を使うと、祈りの時間が増える。どんな時でも祈れる。

そして、実際に、その事を言っている讃美歌もある。(ここで紹介すると、更に長くなるのでまた今度。)

で、最後に思った事は。

っていうか、人間の親子にも『正直な対話』が、
それこそ『MUST』なんちゃうん?ってこと。

私たち親は、偉大な神様の様には聴いてあげれないかもしれないけど、でも、聴いてやらないとね。子供の話。

それは、【子供が言ってる通りにする】って事とは違うくて、子供の話に、【真剣に、誠意を持って、答えてあげる】って事かな?で、それは、【常には無理】だから。

でも、子供が訴えて来た時に、こちらが、「ちょっと待って。」をしたとして
も、そこで子供が、「うん、待ってるよ。お母さんは、いつか【ちゃんと聴いてくれるから。】」と、親子の信頼関係があって、初めてお互いに【いい状態で対話出来る】んとちゃうかな?

なにも、親は召し使いじゃないんやし、親だって感情を持った一人の人格やし。親だってくたびれるし。

常に子供の話を聴いてあげていて、何らかの都合で、ふと、聴けなくなった時、聴いてあげれなくなった時、聴いてもらえない子供は、どないするんや?

その時が、一番ヤバイんちゃうの?とか、思う事もあったりする^^;

親子の依存は必要だけど、私ら親は、神様じゃないし、いつまでも、常に一緒に、子供といれるわけじゃない。その【(共)依存関係の見直し】は、常に、こちらがしていかなければならない事だと思う。

そんでもって、子供が実際求めてる親像も、違うんじゃなかろうか?
すぐに聴いてくれるロボットが欲しいんやろうか?
なんちゅうか・・・それは、空しい関係やわ・・・^^;と、思うわけで。

それを続けていたら、絶対、いつか、なんか、問題が起こるわ。
あっ、因みに、逆もあるらしい・・・^^;

また、事例で挙げて申し訳ないが・・・^^;
うっでぃは、先日初めて、「おれはロボットじゃない!」と、家族に宣言していた^^;

親や、周囲がそうしたつもりじゃなくても、
【子供がロボットとして育たなければならなかった事情】も、子供には、子供なりにある、ってこと。

大事なのは、その事を子供が正直に言ってくれた時に、さて、何故にそうなったんかな〜?と、共に振り返り、共にそれを繰り返さないが為に、どうしていけばいいか?

を、共に苦しみながら過去を考察する事だと思う。

親子であっても、『お互い一人の人間なんだ』ってこと、私は大事にしたい。そこを大事にした上で、お互いに、「ね〜ぇ、あのさ〜」って、喜怒哀楽を、互いに正直に言える関係。

いつまでも、子供達とそれを大事にしていきたいな、と。
そのことにより、親子の間でも、自然に、

【共に喜び、共に泣き】

その事から、
【互いの存在に感謝し、互いに祈りあう。】が、成立するんだと思う。

先日、のびたくんに、(私は反省ばかりで、泣きながら)
「いつも私の都合で、あなたを振り回してごめんなさい。(再婚やら引越しや
ら、、、) あなたは私に愛されていますか?愛されているという、実感はありますか?」と、尋ねてみた。

すると、「うん、愛されてるよ。僕は愛されています。ママは、いつでも正直なママを見せてくれる。いつでも、正直にぶつかって来てくれる。いつでもしっかりと叱ってくれる。ママは僕から逃げないでくれるから。だから、僕は愛されていると感じるよ。」と、言ってくれた。

そんなクリスチャンの息子と、また、うっでぃと、『キリストにある兄弟』として、これからも、神に喜ばれる者となる事を目指しつつ、【共に祈り・感謝し・喜ぶの循環生活】を楽しみながら、また、2人の娘達にも、【その最高の財産】を継承出来る様、生活していきたいと思いました。

3歳の頃から聴いていた御言葉から、こんな気付きを頂いたぴーまんでした。

☆最高の財産に感謝です☆

| | コメント (0)

2006/09/21

すみません

ちょっと、送信のテストです。

あっ、そう言えば・・・

昨晩、「今すぐ歌いたいカラオケ・・・」なんとか、って言うTVを観ていて、

「少年隊」が出てきて、

「おっ〜!うっでぃがおる〜!」と、私が冗談で言ったら、

うちの息子と娘は本気にして、

「ホンマや〜!うっでぃがおる〜!!!」と・・・^^;

「うっでぃは、昔、少年隊の東○だった」と、思い込んだのびたくんは、

今日、私とほぼ同い年の担任先生に、

「うちのお父さんは、昔、

【少年団だった!】」

と、言ったらしい・・・^^;

あぁ、週末、運動会でお会いするのが恥ずかしい・・・。

テスト終わりです。失礼しましたぁ〜^^;

| | コメント (0)

2006/09/20

ぼくうみのカンパ依頼と証を通して

(一瞬?ですがうっでぃのPCが復活したので、記事内にリンク貼ります!)

PCが壊れたお陰で、一から検索をかけて皆さんの所に伺ううちに、何故だか分らないのですが。。。^^;
この所、多くのクリスチャンの方のブログに出会えています。しかも、なんか、ほんま偶然・・・^^;

神様に心より感謝致します。

昨日、教会にて、「ぼくはうみがみたくなりました」(年寄りPCだと、リンク貼れません^^;興味がある方、いや、無くても、是非検索して下さい!)の、カンパお願いの証?をしてきました。

「ぼくはうみがみたくなりました」という、自閉症をテーマにした本を題材に、その映画作製の為、一人の方が中心になり、多くの方の祈りと希望を込め、活動が展開されています。

まだ御存じない方!
是非検索、そしてカンパを!!!

そう、昨日、台風の中、教会に集うがため、我が家の5人は喜んで出かけました。主にある、変わり者家族です、はい。

台風と言う事で、礼拝に参加されていた方は少なかったですが、その所においても、また、どうしようもない私の口を通してでも、神さまは働かれ、涙をもって、その映画作製の為のカンパと、また、祈りとをささげて下さる方がおられました。

心から感謝です。

それと、もう一つ。

以前、教会で、自らの線維筋痛症と、アスペルガー症候群、またのびたくんのアスペルガー症候群が、神さまから与えられた賜物であり、その事を通し、我が家は、恵みに満たせれている事、また、その事を通し、主の栄光を仰ぎ見る事が許されている事、を、証させて頂きました。

それを聴いていた、一人の少女が、私の証から得た感動を、学校の作文にして下さいました。彼女がどのような文章を書かれたかは知りませんが、彼女はクラス代表になり、学年の前で発表する事になりました。

凄い事だと思いませんか?

私たちが、時に何気に?、時に真剣に語っていく言葉が、人を、人の心を動かし、まだ、何も知らない方々に、どんどん広がって行く。感謝です。

ふと思ったのは、「今の社会を作っている、大人達への発信も確かに必要ですが、これからの世の中を作っていく、また、私たちの子供と共に成長して行く子供達への発信も、大切なんだな~。」ということ。

以前の証を、「バプテストの南九州連合の婦人会の会報に載せて下さい。」と、ある方から頼まれました。PCが潰れてるので、原稿が・・・^^;という問題と、引っ越しちゃうし・・・^^;と、その御婦人と相談しようと思っています。

引き続き、これからも、用いられるその所その所で、つたない私ではありますが、私が出来る範囲で、発達障碍に付いて、「神からの賜物である。その事を通して、主の栄光を仰ぎ見ようと思う。」そのことを証しさせて頂き、また、映画作製においても、少しでもご協力できたら、と、祈りをささげている所です。

どの人間にも、その力はあると思います。

【自分が】伝える・・・
【私が】伝える・・・

その思いを超えて、【このことが伝わればいいな~】というとき、
そこに、私たちには計り知れない、神の力が与えられ、
【神が責任を持って】、その事を成して下さる、

そのことを再確認させて頂いた、主の日曜日でした。

【思いを起こさせ、行動させるのは、神である】

その事を信じて、自らは単なる、神が御心を成すがべくための【道具である事】そこを、わきまえつつ、毎日を過ごさせて頂きたいものである、そう、謙虚さを頂きました。

今日も、神さまと、周囲の方々に、心より感謝です。

| | コメント (0)

2006/09/17

愛の心に変えてください。

(誤字などがあったので修正してます)

ちょっと、書き留めておきたくて。
私自身の、今の祈りです。

夏休み中、のびたくんは、私の父から三冊の本をプレゼントされた。

一つは、ちょっと難しい・・・
【シリーズ・偉大な日本人・新渡戸稲造】

も一つは、
【井上ひさしの「子供につたえる日本国憲法」
絵 いわさきちひろ】

最後に、
【はだしのゲン】のマンガ

一冊目は、流石に今ののびたくんには難しいので、いつか、彼がいきなり読み出す日を待っている。残りは、頂いたその日に読んでしまった。はだしのゲンは、まだまだ続きがあるので、ボチボチ買っていこうと思っている。←誰が^^;?

そんな彼は・・・

数日前の夜。BS2を、1人真剣に観ていた。

<9.11テロ ~イラク戦争 BSが伝えた人々の記録>
9月15日(金) 後6:10~ 第1部 戦争へ
9月15日(金) 後7:10~ 第2部 混迷
9月15日(金) 後8:10~ 第3部 兵士たち

5年前、当時、4歳だった彼に、私は、TVを見せた。
そのところについては、様々なご意見があると思う。
が、我が父同様、『本当にあったこと』とか、『本当の事』は、私は、私なりに語っていく。その時、なるべく主観は述べない。ただ、「このように報道されている。でも、これが事実かどうか?は、誰にも分らない、ママはそう思う。」と。それは、どんな事件においてもである。

だから、今日も、一切口を挟まずに、最後まで静かに観させてあげた。

見終わった後、今回においては、私の思いを述べさせてもらった。

「戦争は、武器を持って、人を殺す事、それだけが戦争ではない。自分自身が、他者に向かい、一瞬でも怒りを覚え、腹が立ち、ムカついたなら、それはすでに、戦争を自らが引き起こしているのだと思う。それは、毎日、私自身もしている事であり、きっと、あなた自身もしている事なのではなかろうか?しかも一度ならず、数回も。」と尋ねたら、

彼は、「うん、その通りだ。僕も、戦争を引き起こしている。神様に、ごめんなさいだね。」と。

どこまで(いじめた・苦しめた・無視した・殴った・蹴った・殺そうとした・殺した・・・)悪い事をした。とか、は、最終的な審判の時=『神様の前では』、きっと、【罪としては】一緒だ。
意思があったか、とか、無かったか、とか、そんな事も、きっと一緒なのではないか?と、私は思う。

そして、私自身が常に犯している罪だ。

今、我が家では、ヨブ記を輪読している。

『どんなに聖人といわれていた人間であっても、一度何か起こると変貌する、それが私たち人間の日常の姿ではなかろうか?』と、榎本保郎牧師は、著書の『1日1章・ヨブ記2章』の中で述べている。

この9月に入り、日高ルツ宣教師のCDばかり聴いている。
(関心がある方は、【日高ルツ】で、ぜひ検索を!)
彼女の歌声からは、あらゆる被災地を訪れた、その悲しみと、その中でも神を信じきる、強い信仰心を感じる。先日、生で歌声を聴いたが、涙が止まらなかった。
悲しみの中で、悲痛の叫びを挙げるべくところで、神を呪うのではなく、その中でも神を讃美しつづける、その彼女の強さを、信仰を、この彼女の歌声を通して、感じさせて頂いている。

CDにある、1曲目から。

「傷付いた世界、
暗闇に希望の光り照らして、
子供にパンを、正義と平和、
あなたの国を築いて下さい。

小さい命に家庭を、
病気に薬ください。
働き場所と耕す大地、
声なき人に叫ぶ声を。

貧しい人の神、
弱い人の友、
あなたに祈ります。
冷たいこの心を変えて下さい、
愛の炎へと。

戦火を逃れ、
恐れなき自由の国を与えて、
憎しみ殺しあう戦場にも、
キリストの十字架見させて下さい。

正義の炎、
輝くまで燃やして下さい、この光。
世界の友と声合わせ、
あなたの御名を讃える日まで。」

私自身の冷たい心も、愛の心へと変えて頂けます様に。
(以前記事にしましたが)、憎しみは、連鎖を生み出す。
だから、その、憎しみは、
まずは、自分から、
この私から、捨て去らなければならない。

その中でも、神を讃美する、クリスチャンとして。

人間の思いとは、違う、神の御計画がある。
御心がある。
その事を信じて、毎日、愛の心を持ち続ける事ができるものと、
どうぞ、成さしめて下さい。祈

平安。

| | コメント (2)

2006/09/13

コメントへのお返事です。

相変わらずPCは動きません^^;といいますか、うっでぃが、リカバリーCDを探す事から始めなければならない状態。おまけに、うっでぃは忙しすぎて、探している暇が無い。つまり、当分無理^^;でも、PCが無いと、うっでぃは家で仕事が出来ない。う~ん、最悪です。はい。

このPCでは、私のブログのコメント欄が画面上に出てきません。コメントは、管理ページで読ませて頂いています。更新が止まっているのに、毎日60件前後の訪問、本当にみなさんありがとうございます m(_ _)m

「電車男」を初めて知った時、まだブログとは縁が無い状態で、私はこのTVも映画も見ないだろう!と思っていました。が、一ヶ月ほど前に、ちょっとした間違えでうっでぃがレンタルしてきて、まぁ、見てみようかな~、と、見ました。

ら、

なんちゅうか、そこには「自分がいました。」

お会いした事も無い方々の記事やコメントから、日々励まされ、昨年や今年の初めとは全く違う状態の自分になっているのを感じます。心もですし、身体も。皆さんの御訪問やコメントで、自分が癒しを頂いている事を感じます。

私はクリスチャンなので、「神さまにより癒される。」という表現を良く使いますが、神さまは、人との交わりを通して、その癒しを与えてくださっていると思っています。また、同様に痛みや苦しみも飛んできますが^^;

ですが、それ以上の喜びと平安が、そこにはあると確信しています。

この地に越してきてから、線維筋痛症になるほど痛む思いをしましたが、その痛みを通して、逆に他者の痛みを知る事を許され、また、そこに介入する事を許された、そのような経験を多々頂いてきました。

人間には、また、人との交わりには、苦しみや辛さや許せなさや悲しみもありますが、それ以上に、喜びと愛と癒しがあると思います。それは、誰もが持ち合わせているのもであり、また、自分では気付いていなくても、自分には、それが欠けていると思っていても、実は誰もが、ひっそりと奥深くに隠し持っているものだと思います。

この半年間ブログを通して、また、ここに越してきて約3年、様々な事柄から、そんな事を教えて頂いたような気がします。

上手く表現できないのですが、うっでぃのこの3年間の変化と、ここ数週間の心の動きを通して、クリスチャンとしてはとても恥ずかしいのですが、今更ですが、私は初めて『愛するということ』を教えてもらったような気がします。

愛する為に、自分を捧げ、自分を殺す事。
イエス・キリストが、私を愛するが為に、自分を捨てた事、そのことを、この出来事を通してしっかりと体感させて頂きました。

人は死ぬ時、全てに関して、『無責任にならざろうえません。』
今、子供が泣いてるので、死ねません。待ってください、とか、今、まだやりたい事が残っているので。。。は、通じません。

キリストが私の為にそのようにしてくださったのだから、私も、他者の為にそのように生きたい。15歳の頃からそう願っていましたが、全く異なる人生を歩んできました。

ここに越してきてから、「私、ここで何してるんだろう?」という日々が続いていて、毎日むしゃくしゃしていました。
うっでぃは、公務員です。なので、公務員の妻として、それなりに保証のある日々の中にて、鳥がごの中で、約2年半過ごさせて頂いていました。が、そこに私自身、喜びを見出せなかった。

そんな時、うっでぃ自身も、「御免、もう限界。目の前にいる助けたい人を、助ける事が出来ない。組織の中にいては、それが許されない。自分にはもうそれが出来ない。俺はまだ30歳。これから30年これを続ける事は出来ない。」という、彼の悲しみと辛さと、正直な叫びと、思いを聞く事が許され、初めて、妻として生きている実感を持つ事が許されました。

そして、「アラレちゃん出産で諦めていた、司法試験合格、弁護士への道を目指したいので、共に歩んでください。しばらくの間、旦那さんは出来ません。お父さんも出来ません。許してください。」と、土下座された時、即、「いいよ。解かったよ。私がどうにかするよ。」と、答えました。

家族はどうなるか?、とか、生活は?、とか、