退職にあたり、うっでぃへのメッセージ
本日のノルマは、無事終了。バタバタしたけど、うっでぃのご苦労さん会も、我が家なりに?できた。
9月は。嬉しかったことが一杯あった。書きたかったことが一杯あった。
私自身は、本当に恵みに満たされていることを、実感させて頂ける、そんな一ヶ月だった。
まずは、保育園との関係のこと。
26日に、アラレちゃんの『特定不能の広汎性発達障害』という、診断名を頂いた。この事は、前述したように、私たち夫婦にとって、感謝なことである。そして、その日のうちに、診断書のコピーを保育園に持っていった。
担任の先生方は、まだどこか、「アラレちゃんは普通です」モード。でも、それは、単に、どこか、学習する機会が無いって感じがる。する気が無い、って感じではない。実際、違う圏内の保育士さん方対象講演会のご案内を差し上げたら、土曜日の午後だというのに、車を走らせ行って下さった。何らかのきっかけ、チャンスがあれば、もっと学んで頂ける、そう感じている。
園長先生は、「お母さん、この子は問題がありません。お遊戯もしっかりできるし、良い子ですし、大丈夫ですよ!」とか、まだ言ってる・・・^^;でも、この園では、近所の大学から講師を招いて、疑いがあるお子さんのフォローをしているらしい。。。ということで、これからを期待している。
私自身、最近、この手の会話で、ぐったりすることが無くなってきた、気にならなくなってきた。(慣れ、とは、本当に恐ろしい^^;)むしろ、この方達に、どのように伝えたらいいのだろうか?そちらにパワーが行く。いいことだ。
ここの園では、主任先生がこの手のことについて、頑張ろう!と、努力されている。
我が家と主任先生との関係が面白く。。。
のびたくんがサッカーをしていた頃、私は、ほとんど身体が動かない日が続いていた。そのことがきっかけで、サッカーへの送り迎えを毎週してくださっていた、サッカー仲間の親御さんがいた。その方も保育士で、この地域の育児支援をされている方だった。その方と主任先生がお友達で、初めて会った頃から、我が家はどこか御ヒイキ?して頂いていた。
それだけではなくて、なんとなく、私にとって、その主任先生との相性は良く、私はとても話し易かった。なので、アラレちゃんを預ける時にも、前の幼稚園との関係の説明をゆっくり聞いて頂けたし、上手い具合に途中入園が許されたと思う。人との出会いとは、本当に面白い。
さて話は戻り、主任先生に、診断書を見せて、「このように診断を頂きました。詳しい説明は、PCが壊れているので週明け迄に、どうにかまとめて持ってこようと思います。アラレちゃんがここにお世話になるのは、残り、10日ほどなので、アラレちゃんに対して、なにか特別なことをして欲しいと望んではいません。ただ、この様な事例があるということを、覚えて頂けたら、そう願います。一見普通に見える中に、本人にとっては困惑があり、どのように表現していったらいいのか分らないことがたくさんあり、本人は困っているのです。アラレちゃんの場合は模倣することが上手なので、集団生活の中で上手く模倣できていますが、『他者の気持ちになっての模倣』という場面では、そのことが上手くできない部分があります。今の段階では、その事が大きく問題にはなりませんが、これから成長するにつれ、それは本人にとっても困り事になってくるのです。そのような子供がいたこと、その事を忘れないで欲しいですし、現に、ここにもそのような可能性がある子供達がおられること、その事を忘れないで欲しいのです。なので、なにか悩みのある親御さんに対し、保育士の目から見た事柄だけを通し、『この子は大丈夫です。普通です。』と、言い切らないで下さい。むしろ、そのように悩みを打ち明けて下さる親御さんに対しては、『そうですか。こちらも注意してみさせて頂きます。園だけでは解決できないこともありますから、お母様が気になるようでしたら、○○に行かれてみたらどうでしょうか?』などと、お母様方への門を広げること、そちらをして頂ければ、子供にとって、なんらかのいい道が開けると思います。」と、話させて頂いた。
すると、「いいんですか?アラレちゃんの事例を頂いて。感謝です。このようにして下さる親御さんがいなかったので、本当にどう動いたらいいのか、分らなかったのです。講演や研修のことも、田舎では情報が少ないし。だから、ぴーまんさんとの出会いには感謝しています。前回の講師の方のお話でも、靴箱一つから見直さなきゃ、と、凄く勉強になりました。本当にそうなんですよ。気になる子が一杯いて。親御さんが気付いて下されば、まだラッキーなのですが、どう見てもこれは。。。というお子さんが数名いて。色の区別もできませんし、黙って座っていることもできないのです。。。(他、詳しい事例を伺う)お母さんに家庭での状態も尋ねるのですが、お母さんが。。。こちらのいうことに、耳を傾けては下さらないのです。どのようにそのお母さんに伝えたらいいのか、迷っていたのです。それに、保育士の学習能力と、意思の問題もありますし・・・。そんなこんなで、これからは、園でも学習時間を増やしていこうと思っていた所なのです。」と。。。
その親御さんの件に関しては、園の先生からではなく、今度、内科検診があるので、その時に医師の方から、親御さん宛てに何らかの書類を書いて頂き、必要な機関へ行くように進められてはどうだろうか?ということで、一致しました。
話は変わり、私が熊本に嫁いでくる時に、父は「ぴーまんはカナンの地に行った。」と、喜んでいた。「乳と蜜の流れる場所」と描写され、神がアブラハムの子孫に与えると約束した土地であることから、約束の地とも呼ばれる、そのカナン。しかし、私自身は、この土地に来て多くの人間関係の苦しみ、また、環境の変化の苦しみに出会った。
そのことで、他者を攻めたり、自分を責めたりの苦しみに出会った。「なにがカナンの地だ!」とかも、思った。
でも、『ここでの生活が終わるよ。』と分った8月26日以来。本当にここは『カナンの地』であったこと、その事を感じる出来事が、ドシドシ私に舞い込んでくる。私が攻めていた方々のことを、本当に心から許せる出来事にも出会った。なんてことはない、『この人たちも、アブラハムの子孫である。』その事を、他者との交わりを通して、あらゆる偶然という出来事を通して拝見するのだ。
前の幼稚園の担任先生。アラレちゃんへの配慮を理解して頂けなかった。偶然、ジャ○コで、また、のびたくんの運動会で彼女に会った。どちらも、彼女から声をかけてきてくれた。私は全く気付いていなかったのだから無視することも出来たであろう。その時の会話、何気ない表情、そこから、なんか、彼女の愛を感じたのだ。
全く関係ないけど、のびたくんが幼稚園最後の9月から小学校入学の1ヶ月、その約半年間だけ過ごした熊本市生活。その時の幼稚園の同級生のお母さんは、今ののびたくんの小学校にいとこがいる為、毎年この地まで運動会の度に訪れる。運動会はものすごい人数で、同級生の親御さんともお会いすることが無い。だが、何故だか分らないが、毎年、彼女にだけは会う。今年も運動会終了後、のびたくんを待っていたら、彼女が、「のびたくんのお母さんよね?ここに来ると、会えると思っているのよ!」と、話し掛けてきた。
なんか、驚いた。で、今の事情を説明し、「熊本の皆さんによろしく伝えて下さい。」と、お願いした。
この地に来させて頂いて、この、うっでぃ家に嫁いで、私自身は、「なんで?」の悲しみの日々が多かった。
しかし、そこでも主は働かれた。
この、つたない私を通して。
私が頑張って、私が何かをしなきゃ、と、『思わない時に』、主が私を通して、変わり者の我が家族を喜んで迎え入れて下さる方々に出会う。
そのような出会いを通して、私は神様に出会う。
昔、私の母親が、「クリスチャンはね、この世的に変じゃなきゃいけないの。『あの人。。。なんか。。。変!』と、思われる事が必要なの。その事により、興味を持ってもらえるの。この人は、なにが違うんだろうか?ってね。」と、話していた。
で、確かに、私は、変だ。
「(のびたくんのお母さんは)なんか、キリッと、しゃきっとしてますよね~。」と、自分の周囲が絶対そんな評価しないことを、いきなり初対面の方に言われる。
で、いきなり、変な出会いが舞い込んでくる。
初めての方から、「誰にも相談できなかったんですけど。○○さんの紹介で・・・」と、その紹介してくれる方は、前述のタイプのお母さん。結果、この世的には重大な、離婚相談。。。何件聞いたか。。。^^;
私が何かをしよう!と思わない時に、なにかが舞い込んでくるのだ…^^;そして、私が何かをしよう!と思う時に、事は上手く運ばない。
その事と、『誰もがアブラハムの子孫であること』その事を、この地に来て学んだ。
ここは、《本当にカナンの地》であった。
じゃあ、それに気付かせて頂いて、私は残り1週間で、ここに何を残せるのだろう?
私たち夫婦は、この地に、なんのために派遣されたのであろう?
そのことで、先週からうっでぃと話し合っていた。
うっでぃには、うっでぃなりの実家との課題がある。
私は?
のびたくんは、この地でクリスチャンにさせて頂いた。
今日、学級通信に、「寂しいお知らせですが。のびたくんが10月6日を最後に、滋賀の小学校に転校することになりました。ユーモアがあって、いつも楽しいお話をしてくれるのびたくん。そして、授業中は一生懸命自分の意見を発表してくれるのびたくんですので、子供達も私も寂しい思いで一杯です。転校するお知らせを子供達にした所、『お別れ会をしたい。』と提案してくれました。来週行う予定です。子供達からそんな声があがったことが、なにより嬉しかったです。」と、担任先生は書いてくれた。
担任先生に、引越しのことを電話で話した時に、先生は泣いていた。そんな先生は、1学期、のびたくんに3段評価の『オール3』の通信簿をくれた。たしかに、彼の頑張りもあった。しかし、どこまでも、のびたくんの『いい部分』に目をむけてくれ、のびたくんに自信を与え、のびたくんを伸ばしてくれた。
その先生に、そのクラスメートに、最後までクリスチャンとして、何を残せるか?これが、私とのびたくんに、今夕与えられたテーマだった。
で、
『君は愛されるために生まれた』のCDを、1人1人にプレゼントすることにした。さっそく多忙な牧師先生に連絡をし、準備をお願いした。いつでも「いいですね~っ!」と、こころよく引き受けて下さる牧師先生に感謝である。
子供の頃から、『この世的にクリスチャンとして変であっていいこと。』 私は、それを母親に教えられてきた。残せるものは、これしかない。最後の1週間。我が家族は、変でいたいと思う。
そう、どこにいても、ここは神の御国。
だからこそ、開き直って、変でいよう。
そこに、興味がある方々は、自然に興味を持ってくれる。
『主にある』自信を持とう。
クリスチャンとして。
常に証を携えて。
それが、『私たち家族の生かされている意味』

