許しの継承
GW、そして、土日、そんでもって月曜の遠足。
せねば、せねば、で、とりあえず、突っ走った。
5月に入ってから、 というか、
息子=何気に何処まで本気かわからんが、の、
志望中学を自ら思い描くようになってから、
息子=「これからどうなるの?」
(何処に住み、親は何をする?家計はどうなる?)
とばかり、尋ねるようになった。
う&ぴ=「わからん(^▽^)!」
で、来たが。
いや、冗談じゃなく、
うっでぃの試験とりあえず終了=今後の方向決め、な、わけで。
ようやっと娘達の幼稚園入園で、
とりあえず娘等の件は落ち着いた、と、思っていたのは、
大間違い、である、ようだ。
息子が、本当に、心底、志望校を目指すなら、
そりゃ、こっちも、今から、
かなりのことをしていかなければならないわけで。
漠然と感じていた、3人(う&の&ア)の受験生、ってのが、
確実に我が家に存在するってことに、
今まで目を背けていたが(背けてたんかいっ?)
いや、背けざろうえなかった、が、
うっでぃ一段落、ということは、
つまり、開始なんだよ、おかあちゃん、ってことで。
(そこにガもプラス?)
実は、結構、パニック、というか、
何からどうしたらいいのか、が、わからない、状態だ。
しかし、
一個だけわかること、が、ある。
息子には、息子なりの、今のところ確実な夢がある。
なんやかんや情報を得ては、コロコロと夢が変わるが、
しかし、結局、なんやかんや言って、
「俺、ぴーまん兄と約束してんねんっ♪」と、そこに戻るし、
その夢とは別の意味で、
「とりあえず学校に来ている、って子との交わりは…」という、
今の公立小学校での学びに、彼なりの不満がある。
彼の場合、
学校というシステムに対しては、どうとでも順応できるが、
周囲の子との意欲の違い、また、能力の違い、
また、そもそもの育ち(=宗教など)の違い、に、
彼は確実に気づいており、
「まぁ、しょうがない、世の中こんなものだ。」で、
今を過ごしている。
ガッちゃん遠足があった12日。
息子=集団下校時、
転校当初から彼に絡んでくる周囲から、
散々言葉で攻められ、
(「めがねザル」「ガリ勉」「あいつの周りには寄るな」などなど)
集団下校ということで、絶対その場から逃げれない彼は、
我慢に我慢し、まぁ、イロイロ、一悶着あった。
帰宅し、腐れわたしの様子を確認した後、涙をこらえつつ、
しかし、涙は流れてきつつ、それについて語ってくれた。
「0.1以下の視力なんだから、めがねでもしょうがないだろう。」
「ガリ勉、って、勉強が楽しいし、
イヤでもイロイロ知ってるし、すぐに覚えれるんだから、
しょうがないだろ。」
「俺は何も悪いことをしていないのに、俺のせいにして・・・」
と、彼は涙が流れて止まらない。
まぁ、黙って聴き、その事象から息子が望むことを尋ねた。
その内容は、「謝罪と今後無いように。」だった。
そこで、その望みに、「なるほど。」と、了解をしつつ、
彼が語りたいことを全て聞いた後、
わたし(=腐れクリスチャン母)は、一言言った。
「彼らは、ねっ。何をしているか、わからないのです。」と。
(まっさか、あの記事 が、
即、これに至るとは…だったが。神様凄いっ!!!)
息子は、目を覚まし、とてもとても、いい顔をした。
「そのとき、イエスは言われた、
『父よ、彼らをお許しください。
彼らは何をしているのか、わからずにいるのです』。
人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。 ルカ 23:34」
と、再度息子に言った。
息子は笑顔で微笑んだ。
その彼の反応に確信を持ち、
「彼らにね、先に、それを教えてくれる人がいたら、ねぇ。
クリスチャンである君になら、意味、わかるでしょ?
(うん。)
今回の件で、謝罪を求めても、繰り返さないように求めても、
きっとそれで、いますぐにナニかが変わると、ママは思わない。
(俺もそう思う。)
あなたはそれを、既に、何度も何度もしてきたでしょ?
(うん。)
そのことで、あなたに害が無くなっても、
それで彼らが変わる、とは、わたしは思わない。
そんなことで変わるくらいなら、最初からしないでしょう。
その結果がこれ。
(うん、そう。対象がコロコロ変化するだけ。)
そこに対して、親として、また、先生と話し合って、
なんらかの対処、対応をすることは可能であるし、
そんな悪知恵は、幾ら~でも浮かぶよ~んっ。
で、君は、わたしにそれ、して欲しい?
(いや、して欲しくない。)
でも、それは、形を変え、一生続く。
それは、君だから、ではない、んだよ。
誰にだって起こりうること、だよ。
うっでぃやぴーまん兄は、障碍がないが、
子供の頃出来がいい、それだけで、
良くも悪くもイロイロ言われてきた。
(うん、うっでぃも言っていた。)
障碍関係なしに、良くも悪くも、人の目を引くってのは、
なんらかの刺激を生み出し、
なんらかの作用をそこに生じさせるものだと思うよ。
それが、この世的周囲評価でしょぅ。
(うん。そう思う。)
君の良さを、善しと評価する人もいれば、逆もありさ。
君は、その都度、逆に対し、怒りと憤りを感じつつ、
なんらかの反応をすることを、選択して生きていくのかいっ?
(イヤだ。)
それは、君にとって、プラスになることかい?
(ならない。)
君という人間の質を、善い方向に導くことかい?
(いや、悲しくなるだけだ。)
君と神様との関係において、この事象はどんな出来事かい?
(十字架と同じ。)」
彼は、許すこと、
そして、逆に、自分がしたことへの謝罪を、自ら選択し、
祈ってその時を待った。
そして、その日のうちに、
そのお子さんのお宅に、自らが謝罪しにいくことをし、
翌日笑顔で登校し、
学校でもその事象に触れ、しかし、即許し、
笑顔で帰宅し、昨日その報告はなく、
今日、なんちゅうか報告で、終了。
生きていく、と、いう中で、
裁くことも、弁護することも、
争うことも、中傷することも、批判することも、などなど、
知恵さえ用いたら、全て可能。
しかし、
苦しい出来事、そこから、
恵みを感じ、その出来事に感謝し、喜び、祈ることは、
とてもとても難しい。
その対象と関わる、関わらない、は、別として。
家庭での家族での祈り。
学び舎での祈り。
職場での祈り。
立ち返れ、立ち返れ。
子等に、『今』、ナニを残すか。だ。
ただ、その、積み重ね。
そういうことを考えていると、
なんか、なにをしたらいいのか、が、わからなくなる。
今、ナニをするか、で、わたしは、かなりフリーズ中だ。
先ずは、夫婦で祈る時を持たなければ、ならない。
それ以前に、とりあえず、明日、生きなければならない。
許しという、恵み。
わたしたち夫婦、家族は、
多くの方々に許され、
その中で、ようやっと生かせれているのに。
教育方針、ねぇ。
即出てこないのが、なんちゅうか、だわさっ(^^;
今、実感。
きっと、わたしと共にいるうちは、
弁護人って、似合わないねっ。
無理だわ。
いつか、絶対、家庭崩壊だわっ。
先に死なせて頂きたい!と、常に願っているから、
育児パートナーに、夢はそれからにしてぇ~♪、
と、お願いしてみたりする。
実は今、スゲー恵みだ~!と、思っているのは、
きっと、わたしだけっ(^m^)♪♪♪
その恵みの時に、
なにをしたらいいのか、
本当にかなりのフリーズなのだ。
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コメント
ごめん、走り出してしまった。
あと54日、走らさせてください。
投稿 うっでぃ | 2008/05/15 00:41
*** うっでぃ様 ***
いつもよろこび
たえずいのり
すべてにかんしゃ
しつつ・・・(^▽^)
投稿 ぴーまん | 2008/05/15 00:45
なんだか最近頻繁にね、脳内に出てくるの。
「ニンゲンは、争う」
という思考文字が。
うおおん
悲しや~。
ちょっくらココで、くつろがせてもらった~
投稿 mift | 2008/05/15 02:24
*** mift様 ***
わぁーい、miftさんだぁ(^▽^)
miftさんと会話ってだけで、すっげー元気になるぅ♪
by正直者 (^▽^;はははっ。
ということで、長い返事ぃ~♪
>なんだか最近頻繁にね、脳内に出てくるの。
「ニンゲンは、争う」
という思考文字が。
うおおん
悲しや~。
わたしも3月くらいから、ずっとその中にいてねぇ。
悲しいなぁ~(T0T)の積り積りで、
意味不明に、こころが、
すっげー、しんどかったぁ~。

裁き合うの、するのも、感じるのも、イヤでねぇ。
で、言葉で、それを伝えても、
なかなか伝わらんってことを確信してねぇ。
自分がナニかを感じちゃって、それについて語りだせば、
結局自分も裁いてるつもりじゃなくても
裁いてると評価されるわけで・・・。
じゃっ、しばらく、
見ざる、言わざる、聞かざる、を、選択してもいいかなっ、と、
いいかんじ引き篭もり中~。
ブログも横のイロイロ、消してしまったぁ~!!!
(^▽^;;;;;;はははははっ。
イヤでも不快情報は入ってくるわけだから、
可能な限り出来る限り、いいものを観て聴いて感じて、
選択して生きて行かなきゃ、こころツブレルなぁ、と。
で、そんなときに、miftさんのあの写真。
観ていて、すっげー気持ちよかったぁ~♪
自然って、いいねぇ&凄いねぇ(^-^)
コメするの忘れたけど、
なによりも、念願の場所に行けてよかったねぇ(T0T)
毎日イロイロあるけれど、
自分なりの方法で、ボチボチ自分満たしぃ~。
うふふっ、元気貰った。
こちらこそ、ありがとっ(^▽^)
投稿 ぴーまん | 2008/05/15 08:49
すごく深い内容で・・・勉強させてもらいました。
2・3回読ませてもらって・・

一回では、頭に入らず
アタシは、頭はよくないが、体力だけは自信ある。
その体力を使って、今、子供とおもいっきり遊んでやれれば
それでいいんだなっ。と思いました。
子供二人かかえて、階段登れる母ちゃんは、
そういない事を自信持って・・・
投稿 電電ママ | 2008/05/15 11:31
*** 電電ママ様 ***
電電ママさんには、ステキな笑顔もあるぅ~♪
はにかみ笑顔に、がっはは笑顔、
どっちもいい顔だよねぇ(^▽^)
二人のお子さんを、両手に抱えるママさんを見て、
「おぉ~!すげー!」と感動していたところだったんだっ。
この間の遠足の時、コッコちゃんが砂場入り口で転んだじゃない。
一部始終を見てたんだけどね。だから一番に駆け寄れたんだけどね。
(そんなことはどうでもよくてね。)
その時、コッコちゃん、すぐ起きれなかったのかなぁ、
とか、思ったけど、なんとなく違う気がしてね。
あの時、コッコちゃん、ものすごくスローに転んだのね。
そんで転んだ後に、泣くでもなく、
目の前に見えている砂をゆっくり見つめていたのよ。
その目に感動したの、わたし。
急に視界が変化し、砂が目の前にある中で、
その砂をじーっと見つつ、しかも泣かずに、
絶対にお越しにきてくれるママを待つ。
あぁ、この子とこのお母さんの信頼関係って~!と、
激感動してたのよぉ。
あの短い時間で。
で、手を添えようとしたら、電電ママが現れて、
「ええよええよ。(ぴーまんさん)手、痛いやんっ♪」と、
優しく声をかけてくれてさ。
普通なら、
「あっ、すみません~!」とか、ってアクション多いじゃない。
優しさと強さに、なんか、すっげー、感動したんだ。
と、なんか、関係ないこと書いてしまった(^^;
体力あるって、すげーステキだよねっ(^▽^)
わたし、チャリ漕げない、ってか、
普通に起きてられない、んだよぉ(^^;;;
賜物、充分に生かしていこうっ!
気が向いて、体力余っているときは、
うちの娘の抱っこもよろしくぅ~♪♪♪
投稿 ぴーまん | 2008/05/15 19:39
そうそう、あの時、固まってんのかなぁ?
本人的にはよいの?と思いつつ、ま、いっか、と、
安直に起こしてしまったのよね。
ぴーまんさんが来たし、負けるもんか、というのが
あったのは、内緒。1人、若干、反省してました。
投稿 うっでぃ | 2008/05/15 23:48
*** うっでぃ様 ***
なんど読み直しても、意味がわからん(^^;;;
主語が無いぃ~!わからん~っ(^^;;;;;;;
我AS度120%
また後で教えてたもれ。
投稿 ぴーまん | 2008/05/16 09:49
すまんすまん、コッコちゃんの話、ね。
投稿 うっでぃ | 2008/05/16 10:20
ぴーまんさん、こんにちは
息子さんすごいですね、お2人のやりとりに素直に感動しました
なにが素晴らしいかって、親の生き様が素晴らしいから
子供は純粋にその生き方を受け入れることができているように感じます
う~ん、ぴーまんさんの記事はいつも勉強になります!
ありがとうございますっ♪
私は心の重荷に耐え切れなくなった頃、1年ほど新興宗教というものにも属したことがあり・・
その後は、宗教そのものが恐怖そのものに感じていました
でも、最近やっとその過去を乗り越えられた気がします
私自身は今現在どの宗派にも属していない身ですが
信仰を持っている人を私は素直に尊敬します
心の平安を大切にされているその生きる姿に勇気をいただいています
投稿 心虹 | 2008/05/16 15:03
*** 心虹様 ***
こんばんわ(^▽^)
心虹さん!2000個目のコメントでしたぁ~!
ありがとう~(^▽^)
いやいや、素晴らしいのは、神様です(^▽^)
息子が生まれてからのわたしの生き様を
リアルにて全て知っている息子は、わたしを、
「ちょっとそこの、ぐうたらばばぁ。」とか、
「本当にどうしようもないヤツだ。」とか、
「まったくママは…」とか、
「ふふふっ。お前も仲間(アスペ)だなぁ~(^m^)!」
などなど、と、呼びますぅ(^▽^;;;
きっと互いに、どうしようもなさ、を、見せ合い、
それについて語れるから、楽なのかもしれません。
どんな時も、正直に語ってきたし、
息子の正直な語りも、母として、というより、
人間として、なるべく同等立場!で、聴いてきました。
それは、
信仰の先輩である母がしてくれたこと、
今現在もしてくれていること、を、
ただしているだけ、ですぅ~。
まだまだ母には負けますがっ…(^▽^;;;
新興宗教のことはわからないのですが、
同じキリスト教同士でも、
(エ○バとかじゃない=十字架がある教会のねっ)
ぶっちゃけ、同じ宗派でも、
ときに、「怖っ!」と感じる時がありますぅ。
うちの子等は、
そういう雰囲気を即感じ取り、素直に表現します。
どんな宗教でも、人に脅威を与えることは、
まぁ、いいこと、ではない、ですよねぇ。
しかし、その脅威が、
その宗教を信じているその人から来るものなのか、
宗教自体から来るものなのか、ってのが、
大きななんちゅうか、ですよねっ。
で、これは、わたし等も、
知らず知らずのうちにしていたりすること、で(^^;;;(大汗)
クリスチャンは、キリストの香りを放つように、と、
言われていますが、なかなか難しいところです。
心虹さんから頂いたコメントから、
悔い改めることが出来ました。
ありがとう(^▽^)
ちなみに、わたしは、
人に尊敬されるような人間ではない
=
罪深い人間だからこそ、
クリスチャンをさせて頂いています。
投稿 ぴーまん | 2008/05/16 22:02
ぴーまんさん、こんにちは
わぁ~い!2000個目のコメント!?
わぁ~、そんなにたくさんのふれ愛がこのブログには詰まっているのですね
そんなお仲間のひとりとして参加させていただけて嬉しく思います
息子さんのぴーまんさんへの言葉、思わず笑ってしまいました
すごいですよ!うん、ほんとすごいと思います
私はそんな素直な言葉を親に伝えることなんて出来なかった
思ったことをそのまま伝えてはいけない・・
そういう空気がいつもありましたから・・(過去の話です!)
それでもね、人は決意さえすればいつでも幸せになれるんだと知りました
ぴーまんさんのブログと出逢った頃から、一気にその心の勢いは加速しています♪
たくさんの出逢いが一気に訪れたような、ふんわりとした心地よさが今あります
これからもどうぞよろしくお願いします
投稿 心虹 | 2008/05/17 11:49
*** 心虹様 ***
返事が遅くなりすみません。
>ふれ愛
ふれ哀、かもぉ~!(自爆&苦笑)
>思ったことをそのまま伝えてはいけない・・
そういう空気がいつもありましたから・・(過去の話です!)
うちの旦那さんとこ、も、そう。
(と、わたしは思っています&)
それは、ちょっと苦しい…っすよねっ。
聖書に、あなたの父と母とを敬え、とありますが、
それには、まず、子に尊敬される親であること、
その尊敬は、信仰の先輩であるという、
先を行くものとしての姿勢、ってのが大事って、ことを、
子を産んでからわたしは学びました。
敬うこと、が、先なのではなく、
敬ってもらえるような人間であることが先、
それには、まず、子に対して我を偽っていてはならない、
ということが、大事、と思い、
なんでも、そりゃ、すっげー酷いくらいに、
この世的にはありえないほどに、
子に対し正直に言います。
それは、わたしと息子に限らず、
うちの両親も、おっちゃん(=元旦那)も、
うちの兄貴も、うっでぃも。
それに巻き込まれる友人のM美ちゃんも、
それを見せられます。
去年の夏には、キャンプ中に夫婦で大喧嘩になり、
元旦那が仲裁に入り、うちの息子は、
「あぁ、ママ、また離婚かいっ。本当にしょうがないなぁ~。」
とかって言っていましたぁ~(^▽^;;;
おもいっきり喧嘩して、おもいっきり語って、
おもいっきり喋って、おもいっきり泣いて、
おもいっきり笑う!
子が、土台とする家族、交わりに、
正直に生きられる場所、
それがなければ、人は苦しい、と、思います。
でも、そこに、最も大事なのが、許し。
何を言っても、何を表現しても、
「大丈夫だよ。愛してるから。」と、最後には許される。
それが、言葉ではなく、
交わりの中から、完全に滲み出る。
それが大事、と、思いますぅ~。
うちの家族&周囲は、みんなかなりの偏屈の塊です。
しかし、(M美ちゃんと娘等意外)皆、クリスチャンです。
だた、十字架により、
それだけで、集うことが出来ている関係なのですぅ。
じゃなきゃ、破綻集団の集まり、ですわ~っ(^▽^;苦笑
我の中にある多大な罪を知るからこそ、
大いなる許しを知る。
それだけですっ。
投稿 ぴーまん | 2008/05/18 21:48