要するに…
最近・・・
怒哀が、かな~り減った。
哀しみは、封印してはならないモノ、
だと思うけど、
怒は、わざわざ我の中に、繁殖させなくてもいいモノ、
だと思う。
最近、悩むこと、といえば、
いや、実は、悩んでないが…
あえて、そういう表現を使えば、
周囲の多くの人が、
悩んでいたり怒っていたり、哀しんでいたりする、
その理由がわからない、というか、
(いや、わからない、は、正しくない)
そのことは理解できるし、
そういう気持ちになるのは、よくわかるけど、
でも、
その後のそのやり方には共感はできないなぁ、
という思考に、
自らが陥ること、が、悩み、な、くらいで。
振り返ってみると、月一程度でそれがあることが判明。
みんな、それ等で大騒ぎしているけど、
それって、なんかズレてるんじゃないんかなぁ…
視点&方法変えたら、答えは簡単に見つかるのに…
そんなに騒ぐことなんかなぁ…
なんでその渦にいつまでも留まることをしているのだろう?
それに共感できない、ってか、
する気に全くなれないわたしは、おかしいんかなぁ…
と、疑問に思うくらいで。
で、今までの信頼関係から、相手を信頼して、
直にそれを表現すると、
火に油となり、大火災になる、
(ってか、そんなもんだったのねぇ、とか、思ったりするし)
ということも学習できたから、
そんな時は、
「ありゃ?わたし、おかしい?」と、チビ悩むけど、
でも、うっでぃやM美ちゃんや、息子や、母に
それを尋ねると、
そんなわたしの考えは、おかしくはない、らしい。
「あっ、そっか。じゃっ、よかった。」で、先に進める。
一つの事象があり、
そこに留まる、解放されない、とは、
本当に大変なこと、だと思うけど、
でも、結局は、それを選択しているのは、
自己の中に存在する、自我なんじゃないのかなぁ、と思う。
で、よく考えてみると、
その月一程度で訪れる、
わたしにとっては、なかり嫌悪なモノは、
事象の事細かな内容は全く違うが、
結局は、そっくりなモノのような気がする。
まずは、
その事象やその後の対応について、
客観的に見れていない。
要するに、プライド。
しかも、子の、ではなく。
そのことは表現せずに、
その事象について、を、中心に、
具体的に語っているが、
結局は、要するに、
プライド話のような気がする。
そこに嫌悪を感じ、
そんな嫌悪を感じている自分は、
おかしいんかなぁ、と、確認を取る。
おかしくないよ、と、言ってくれる仲間がいる。
よく考えたら、彼らは、プライドを捨て、生きている。
プライドは大事かもしれないけど、
使い方を間違えないようにした方がいい、と、
学習できた。
すっきりした。
さっ、(昼)寝よぉ~。
今日は、子等と、何しようかなぁ~♪
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