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2008/08/16

五山の送り火

今日も仕事へ行きましたよ。

5連勤、完璧状態で、コナしましたよ。

勿論、土曜日の今日=一人でしたよ。

しかも、ERがある大型救急病院へ救急搬送という残業付きで。

お陰さまで、かなり仕事を覚えました。感謝感謝。 

  

さて、定時より2時間過ぎで帰宅しようかと携帯をみたら、

「今からプールへ行く。」とのメールが。

つまり、昨日と同じパターンね。

帰宅→誰もいない=がんばろぉ、と、車に乗り込んだところ、

 

「そういえば・・・

 よく考えたら、君の車の駐車場所が無い。」とメールが。

 

あぁ、そうか!そういえばそうだ・・・。

と、今更気づくオカシナ夫婦。

 

本日日中、我が家で子等の相手をしてくれていたおっちゃん。

詳しくは、うっでぃのところ。(←ポチ)

 

本日、彼が線路を敷いている私鉄を、

我が家から4つほど行った我が家近所で、彼は飲み会である。

ので、うちの実家=わたしの駐車場に車を置いてもらい、

うっでぃ&子等が駅まで彼を送り、彼は飲み会に行かれた。

 

さて、どうしましょう???

ということで、職場近くのその大型病院に、

看護衣を脱ぎ、今度は私服&車持参で戻る。

 

そこの駐車場=一日300円、なのだ。

 

プールに行く前のうっでぃ&子等。

わたしを迎えに来てくれ、そのまま帰宅予定だった。

 

「そういえば、今日は、五山の送り火だねぇ。

 あれ、何時から?」と、うっでぃ。

 

「20時。今、18時50分=かなり、いい感じ。」と、なり・・・

 

大型病院の駐車場にて、着ていた水着を脱ぎ、

着替えを始める娘達。

 

そっから、各種途中休憩を挟みつつ、

百万遍にある、とある大型無料駐車場を目指し、8万円車は走る。

到着=19:35

 

そっから、さて、どうする?

 

今まで通り、東一条辺りで鑑賞したい、を、訴えたぴーまん。

異議有り!と、却下され、

歩くのイヤ~、な、ガッちゃんを抱っこしつつのうっでぃ筆頭に、

意味不明に流れについて行ったオカシナ集団。

 

結果。

 

今出川を西に出町柳まで行く。 

少し北に上り、

叡電の出町柳駅手前にて 『大文字点火』鑑賞。

その後、河合橋を駄々駄々駄々混みを渡り、

更に少し北に上り、葵橋を渡る。

雑踏整理の警察官の言葉を信じ、

賀茂川沿いを出雲路橋まで上る。

その周辺で『妙』『法』を観、

振り向いて『大文字』を観て、休憩。

 

 

 

ってか、どうやって帰るん? 

 

 

ってか・・・良く考えたら、足が痛い。

  

 

 

と・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

我に返るオカシナ集団。 

 

 

さて、西に出るか、東に出るか?

歩き続けるか?バスを利用するか?など等、話合いがもたれる。

 

結局、どっちにしても歩かなければ、何処にも行けん。

となり、歩き続けるオカシナ集団。

 

既にガッちゃんを抱っこしているうっでぃに対し、

足が痛いと訴えるアラレちゃん。

何度か二人抱っこで歩く、になる羽目に陥るうっでぃ。

 

しかし、成長したアラレちゃん。

うっでぃのしんどさを思い、歩くことを選択する。

 

そんな妹の背後で、

「あぁ・・・しんどいわ。

 長距離走は得意だけど、長距離歩きは好かん。」と、

行きの時点では、京都は狭いわぁ~(^▽^)と

バカにしていた息子、脱落模様。

 

結局、東を選択し、下鴨本通りを目指し歩き始め、

南に下り、御陰通りを東へ進む。

 

そこで、ちょっと待て・・・

 

御陰橋上にて、空車タクシー発見。 

同時に、目の前にローソン=休憩所、発見。

 

どっちを取る?オカシナ一家?

 

ということで、そこからタクに乗り込み、百万遍へ無事到着。 

 

「んっ?何でなっ?車で来たのに、タクシーに乗ったん???」と、

抱っこで全てを済ませたガッちゃん、は、

 

????????????だらけだった。  

その後、うらら~♪うらら~♪と、時計台の灯りが消えたあの道を、

ひょにょひょにょ~と歩き、車に乗り込むオカシナ一家。

 

吉田神社近くにあるコンビニに停まり、

車中でアイス&プリンを食し、

岡崎周辺のコンビニで用を足し、

まだまだ続いている渋滞の中を、

この区はお得意!な、ぴーまんが運転し、

途中、路中にてガッちゃんの用足しをし、

うっでぃと運転交代し、子等爆睡の中、無事帰宅した、

 

あれ?君たちクリスチャンでしょ?な、

オカシナ夫婦&一家であった。

 

故人崇拝、とか、ご先祖様崇拝、は、

なんかなぁ・・・と思うが、

故人を覚えて、の、迎え火、送り火という

その日本の風習?には、

わたしは、なんちゅうかの共感を覚える。

 

なので、子供の頃から親戚がする、

迎え火、送り火というモノは、なんちゅうか、

人の心の優しさを覚えることが出来る、

そんな一つの行事だった。

 

わたし的には、花火もそんな感じで観ることが多い。

 

夏の暗い夜空に一瞬に散るそれを観に、

それぞれが、なんらかの思いを持ち集うこと。

 

それって、結構大事なこと、とか、思う。

 

まぁ、うち的クリスチャン的、には、

それが年に一度ではない、ってところが、異なるのだけど。

 

せっかくここに居させて頂いているのだから、こそ、

観れるもの、感じれること、は、あると思う。

 

特性やこだわりを大事にするように、

同様に与えられている環境も大事にしたい、と、

またもや思ったオカシナ一家だった。

 

だって、

「来年は、何処でどう観る?どうしたら一番いい?」

とか勝手に語る子等、ですし・・・。

 

今日も、長い一日だった。

 

明日の晩も京都だ。

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