五山の送り火
今日も仕事へ行きましたよ。
5連勤、完璧状態で、コナしましたよ。
勿論、土曜日の今日=一人でしたよ。
しかも、ERがある大型救急病院へ救急搬送という残業付きで。
お陰さまで、かなり仕事を覚えました。感謝感謝。
さて、定時より2時間過ぎで帰宅しようかと携帯をみたら、
「今からプールへ行く。」とのメールが。
つまり、昨日と同じパターンね。
帰宅→誰もいない=がんばろぉ、と、車に乗り込んだところ、
「そういえば・・・
よく考えたら、君の車の駐車場所が無い。」とメールが。
あぁ、そうか!そういえばそうだ・・・。
と、今更気づくオカシナ夫婦。
本日日中、我が家で子等の相手をしてくれていたおっちゃん。
詳しくは、うっでぃのところ。(←ポチ)
本日、彼が線路を敷いている私鉄を、
我が家から4つほど行った我が家近所で、彼は飲み会である。
ので、うちの実家=わたしの駐車場に車を置いてもらい、
うっでぃ&子等が駅まで彼を送り、彼は飲み会に行かれた。
さて、どうしましょう???
ということで、職場近くのその大型病院に、
看護衣を脱ぎ、今度は私服&車持参で戻る。
そこの駐車場=一日300円、なのだ。
プールに行く前のうっでぃ&子等。
わたしを迎えに来てくれ、そのまま帰宅予定だった。
「そういえば、今日は、五山の送り火だねぇ。
あれ、何時から?」と、うっでぃ。
「20時。今、18時50分=かなり、いい感じ。」と、なり・・・
大型病院の駐車場にて、着ていた水着を脱ぎ、
着替えを始める娘達。
そっから、各種途中休憩を挟みつつ、
百万遍にある、とある大型無料駐車場を目指し、8万円車は走る。
到着=19:35
そっから、さて、どうする?
今まで通り、東一条辺りで鑑賞したい、を、訴えたぴーまん。
異議有り!と、却下され、
歩くのイヤ~、な、ガッちゃんを抱っこしつつのうっでぃ筆頭に、
意味不明に流れについて行ったオカシナ集団。
結果。
今出川を西に出町柳まで行く。
少し北に上り、
叡電の出町柳駅手前にて 『大文字点火』鑑賞。
その後、河合橋を駄々駄々駄々混みを渡り、
更に少し北に上り、葵橋を渡る。
雑踏整理の警察官の言葉を信じ、
賀茂川沿いを出雲路橋まで上る。
その周辺で『妙』『法』を観、
振り向いて『大文字』を観て、休憩。
ってか、どうやって帰るん?
ってか・・・良く考えたら、足が痛い。
と・・・・・・・・・・・・・・・・・・
我に返るオカシナ集団。
さて、西に出るか、東に出るか?
歩き続けるか?バスを利用するか?など等、話合いがもたれる。
結局、どっちにしても歩かなければ、何処にも行けん。
となり、歩き続けるオカシナ集団。
既にガッちゃんを抱っこしているうっでぃに対し、
足が痛いと訴えるアラレちゃん。
何度か二人抱っこで歩く、になる羽目に陥るうっでぃ。
しかし、成長したアラレちゃん。
うっでぃのしんどさを思い、歩くことを選択する。
そんな妹の背後で、
「あぁ・・・しんどいわ。
長距離走は得意だけど、長距離歩きは好かん。」と、
行きの時点では、京都は狭いわぁ~(^▽^)と
バカにしていた息子、脱落模様。
結局、東を選択し、下鴨本通りを目指し歩き始め、
南に下り、御陰通りを東へ進む。
そこで、ちょっと待て・・・
御陰橋上にて、空車タクシー発見。
同時に、目の前にローソン=休憩所、発見。
どっちを取る?オカシナ一家?
ということで、そこからタクに乗り込み、百万遍へ無事到着。
「んっ?何でなっ?車で来たのに、タクシーに乗ったん???」と、
抱っこで全てを済ませたガッちゃん、は、
????????????だらけだった。
その後、うらら~♪うらら~♪と、時計台の灯りが消えたあの道を、
ひょにょひょにょ~と歩き、車に乗り込むオカシナ一家。
吉田神社近くにあるコンビニに停まり、
車中でアイス&プリンを食し、
岡崎周辺のコンビニで用を足し、
まだまだ続いている渋滞の中を、
この区はお得意!な、ぴーまんが運転し、
途中、路中にてガッちゃんの用足しをし、
うっでぃと運転交代し、子等爆睡の中、無事帰宅した、
あれ?君たちクリスチャンでしょ?な、
オカシナ夫婦&一家であった。
故人崇拝、とか、ご先祖様崇拝、は、
なんかなぁ・・・と思うが、
故人を覚えて、の、迎え火、送り火という
その日本の風習?には、
わたしは、なんちゅうかの共感を覚える。
なので、子供の頃から親戚がする、
迎え火、送り火というモノは、なんちゅうか、
人の心の優しさを覚えることが出来る、
そんな一つの行事だった。
わたし的には、花火もそんな感じで観ることが多い。
夏の暗い夜空に一瞬に散るそれを観に、
それぞれが、なんらかの思いを持ち集うこと。
それって、結構大事なこと、とか、思う。
まぁ、うち的クリスチャン的、には、
それが年に一度ではない、ってところが、異なるのだけど。
せっかくここに居させて頂いているのだから、こそ、
観れるもの、感じれること、は、あると思う。
特性やこだわりを大事にするように、
同様に与えられている環境も大事にしたい、と、
またもや思ったオカシナ一家だった。
だって、
「来年は、何処でどう観る?どうしたら一番いい?」
とか勝手に語る子等、ですし・・・。
今日も、長い一日だった。
明日の晩も京都だ。
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