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2009/03/31

さよなら おうち

写真、綺麗なんで、よろしければ、是非写真クリックを♪

17時。受け渡しのため元家へ。
 

 
Photo丘の頂上にある
駐車場から、
いつものように
ルンルンし、
それぞれ踊りつつ
元家へ向う子等。
陰はうっでぃ。  

     
   
Photo_2不動産屋の方が居るというのに、
元家からの最後の風景を撮りまくるオカシナ集団。
  

  

  
Photo_3しかも、

   

「はい、集まって!」10秒以内に、

   

綺麗にポーズまで取っているし。
    

       

    
すべてが終了し・・・
「ガッちゃんのおうち!」と、大泣き開始。

  
 
生後1歳10ヶ月からそこで過ごした彼女的には、
初めての引越しであろう。
   
彼女のことはうっでぃに任せ・・・

   

Photo_4

 さっさと坂を登っていった
 

 引越し3回目のアラレ(=中央で万歳!)

 
 引越し11回目の息子(=左中央)
  

     

        
Photo_5 振り向けば、
 湖は、

 今日も綺麗。

   

    
  
うっでぃが、したいことをさせよう!と、

2006年8月31日に、決定した、あの出来事から・・・
2年半前、越してきたあの家は、
ボールが転がるほど傾いていてオモシロかった。
住んでいて、様々なアクシデントがあり、

とてもとてもオモシロい家だったし、
住み続けようとすることも可能であったけど、
でも、今、ここで、リセットである。
  

 
「次に、環境を整えなければならないのは、アラレちゃん。
 俺が小学1年生の時も・・・
 あの家、良かったな。結構楽しかったな。」
 
うっでぃのための転校で、大事な友人達をなくし、
様々な思いを抱きつつ、大泣きの日々を過ごし、
散々な目に遭いつつも、K県の友達を信頼しつつ、
今、また、何か違う!と気づいている息子は、

わたしにそう語りつつ、
息子的10回目の引越し先であったあの家の坂を、
息子と二人で決定した時のように、
今日も、二人きりで、下りた。
 
さぁ、行こう。
 
わたしは、子供のために、何度居場所を変えるのだろう。
まぁ、それも、良し。

うっでぃ、不在。
オカシナ一家は、大変な状態に陥る。

明日からという日は、全く予測も想像も出来ない。

でも、それに、さようなら。
きっと、出来る。祈りは叶う。
 
子供等が、最初の写真のように、喜び踊る空間と時間を。
わたしたちは、それを常に考える。
しかし、まだまだ、追いつかない。
 
そして、子等は、さっさと成長しやがる。
 
息子の受験。
ガッちゃんの受験。

そして、2年後。
わたしらは、何処に居るだろう? 
 
楽しみだ、し、
せめて、生きていたい。と、
 
望む。
  

   

そんなことを考えつつ、わたしの16回目の引越しは、

様々な支援のうちに、とりあえず終了した。

関係者様、いつもいつも、ありがとう m(__)m

 

 

しかし、ガッちゃんが泣き叫ぶのが、よくわかるほど、

いい家だった。

 

だから、ここも、もっといい家にしてやる♪

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これで余暇と?

ゴミ捨て後、前の家へ戻り
うっでぃは次の荷物積み込み、
息子とわたしは
床の拭き掃除等をした。
その後、
明け渡しまで時間があったので
息子の新しい参考書を買いに
本屋へ行った。
面白かったのは娘達。
ちょっと前までは
本屋に着くと
自分達が見たい本や
遊びたい玩具に走っていたが、
今日は各自が解きたい
問題集選びで
彼女等は忙しかった。
選択した後も
他の問題集を開いては解き…
と。。。

結局、各自
参考書、問題集をゲットし、
本屋を後にした。

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ゴミは持ち込むべし

PC環境は調ったものの、訳あって携帯から。
引越し最後の大型ゴミと、細々したゴミ
約200kg弱を家族全員で捨てに行った。

子等の社会科見学、そして、使ったモノへの
さよなら、ということで。

お値段?

  
なんと……

 
525円で済んだ。

ゴミは持ち込みに限る!と、学んだ。

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九割五分

Photo_4 

    手前、うっでぃ。

  奥、わたし。   

   

      

  

  Photo_5 

  左、うっでぃ。

  右、わたし。

      

   

Photo_6    

  他、詳細は後ほど。          

   

 

今日は、大型ゴミを直接搬入処理。

身体はガタガタ、ステロイド服用中。

   

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2009/03/27

続 98歳さま

生きてればなぁ、ホンマにいろんなことがある。
でもな。生きてればどうにか出来る。
爆撃無く、食べ物も寝床も、そこにあるんや。
どうしたらいいんやっ?と、ホンマに必至になって考えたら、
大抵のことはどうにかなるわ。
どうにもならん時も、落ちついて落ちついて、
黙って待つことも大事や。

あんたとこんなん話せて良かったわ。

お一人目は、そう語り、
ニコニコしながらわたしを見つめていた。

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98歳さま

今日は、職場の大掛かり引越しの後、
98歳の方お二人の受診付き添いをした。
結果残業。しかし、気持ちがよい。

付き添いをすると、ゆっくり話が出来るので、
様々なことを具体的に知ることが出来る。
身体に現われる痛みや苦痛の本当の原因が、
各種検査をするよりも、わかってしまう場合もある。

一人目の方は、背筋がピンと伸び、
お一人でスタスタ歩ける。
耳は聞こえなくなってしまったが、
その分情報をいち早くゲットしよう!と心がけたため、
読むのがとても早くなった。
人間は90過ぎてからでも成長するもんだ!と語っていた。

内科外科的大きな問題があるわけではないが、
ちょっとした術後フォロー、そんな受診だ。

その間、第二次大戦時の話をしてくれた。
結婚して四年後、一人目の子どもが4歳、
下の子が生まれたばかりの時、赤紙が届いた。
海軍に所属した旦那は、何処の海かもわからない場で、
遺骨さえ残らないまま、帰宅した。
旦那が出て行ってから何も残らず帰宅するまで、
当時元々勤務していたJRから毎月月給を頂いていたが、
何も無く帰宅した途端、月給も途切れた。
全てが一気に亡くなった時、わたしは25歳だった。
旦那両親との5人家族に配給された米は、一日1合だった。
爺さんが川の漁師やったことと畑があったことで、
どうにか暮らして来たんだろうけど、どうやって生きてきたか?を
思い出すことは出来ない。ただただ必死だった。
あの頃は、電子レンジなんか無い。洗濯も何もかも手一つや。

日本がこんなになるとは、全く想像出来なかった。
日本にこんな日が来る、自分がこんな風に過ごせるなんて。

仕事がしたくても、働く場所それさえない。
今の人が言う働き場が無いというのとは別やで。
そんな建物、企業さえない。
ただただ毎日、いつ死ぬか?と思いながら、
ただこの子達に食べ物を!と空爆の中生きていた。
90までは子等と一緒に居たけど、曾孫も結婚する言うし、
みんなゆっくりして欲しいしなぁ。
そう思ってここに来たんや。そしたらあんたらに出会えたやんか。

それまでな。
人にお世話になるってことが無かったし、
そんなことは分からんかったんやけど、
あんたらみたいな人がおって、
うちら年寄りが安心して暮らしてられるんやってこと、
実感出来たんやわ。

子育てとか色々大変やろうけど、頑張りや!
あんたらみたいな子が、家で主婦しとったらあかんで!
勿体ない。
あんたらには、いろんなモンがある。

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2009/03/26

万歳V(^-^)V

うっでぃの配属先決定。
新居から1kmちょい。
わたしの職場を下って行き600m。

よって…
家族全員近場行動V(^-^)V

部署的には、わたしや母の職場が、
上から目線でチェックされる部署だったが、課が違った。
良かったのか残念なのか…

とにかく万歳o(^-^)o

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2009/03/25

うーん

バレエに来ているお母さんが、下のお子さんを連れて来なくなり、
しばらく経過。(静かで良いが…)
理由は、お父さんの仕事が二か月無く、
休みにされている、とのこと。

職場の同僚の御主人さんも、
来年度から昇給どころかボーナス無しとのこと。
TVも新聞もネットも無いので、携帯でニュースを見ていたら、
40台男性の平均月収が30万を切ったとのこと。
女性就職率は、都心は育児、地方は介護のため、
40台女性から一気に低下しているとのこと。

アラレクラスママの飲み会では、
『子どもが卒園したら何をしていいか解らない。
 毎日が暇。習い事するにはお金がかかる。
 時給数百円では働く気もしない。
 ぴーまんさんみたいに手に職があり、
 いつでも自分が好きなところに復職出来て、
 一日で万単位働けるのが羨ましい…。』とのこと。を、

語っている方々の御主人様は毎日アクセク働き、減収。

公立小学校の懇談会に参観する親はクラスで四人レベル。

職場にいる御老人を見ていると、
昔の今で、こうなのだから…

さて…末はどうなる?

ふぅ…

どう育てるか…自分がどうするか…だ。

と、しみじみ感じつつ、
春講が始まり、22時まで勉強していた息子のとなりで
ストレッチをした。

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2009/03/24

来年度課題

この一年は体調が守られ、
ぐうたらであったが最低限の成さねばならぬことが出来た。
感謝である。

一年生の時から息子と続けてきた、
あゆみを頂いた日の特別ランチ。

ここ数回できていないが、
今回もとりあえず◎だらけを頂き彼は帰宅した。

息子一年生、うっでぃ就職一年生の年は、
恐ろしい線維症状が現れ始めた年だった。

あれから五年経過し、
今度はアラレ一年生、うっでぃも再度一年生。

今まで2ヵ所だった学校・幼稚園関係は3ヵ所、
しかも慣れない一年生と最終学年で多忙&受験生の六年生。

週に二度のバレエは全員異なる時間=14~19時と、
5時間行ったり来たり。

そして週二度の息子の塾とアラレちゃんはピアノとか言っている。
ガッちゃんは、泣きたいほど、やんちゃになるし…

更に仕事もしつつ…

周囲四人分予定表に合わせ勤務を組むだけで目が回る。

ただ最低仕事に行き、適度家事、なるべく最善育児を。

来年度の最低課題である。

フラッシュバックには、負けない( ̄― ̄)

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2009/03/23

仕事だmobilephone

外食、パン屋のパン、コンビニ、マクド、
24時間スーパーの惣菜生活が開始され、そろそろ一週間。

飽きて来た…

が、明日から仕事。
あと一週間この状態。
エクセルに用事があるのでパソコンを移動した。

娘等のバレエ帰り、元家近所に路駐をし、
彼女らを車に置いて、USBで…と思っていたら、
置いていかれたパソコンさん、
ヤキモチを焼いてくれ固まりやがる。

娘等が気になるので、コンセントを抜き、
画面を開いたままログアウトしつつ車に戻ったら、

『ちょいと。流石のママと言えども、
運転しつつのパソコンは御勘弁を!』と、アラレに言われた。

さっ、仕事だ。

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面倒

今日は指定ランドセル等の販売日だった。
出来上がった新品制服一式も取りに行った。
さんすう&えのぐセット…
名前付け…

息子の時で懲りているので、
娘等のは事前に防水名前シールを購入済みで、
そのシールを貼るだけだが、

非常に面倒だ(T_T)

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七割かなmobilephone

引越し七割完了。
新居片付け残八割、
元家の大掃除、
そして、住所変更と、
周囲への連絡。

今週は、
うっでぃの勤務先決定。

忙しい

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2009/03/20

わすれていた

今回の引越し先のスペースは、

1階=3畳+6畳、収納2間弱

2階=4.5畳+6畳、収納2間、だけであり、

しかも、作りは町家風?元町屋?築年数???である。

バリアフリーで、完全リフォームはされているけど。

窓の横の長さは、全て150cm×2。縦それぞれ別。 

そこに大量本&衣類、子等3人分の机と、

5人分の寝床と・・・である。

如何に物を無くし、収納するか?が、

また、サイズがサイズなので、

お気に入りのカーテンを探すのは、問題で。

 

そんでもって、オール電化、も、問題で。

「あんた、これが一番不要なんちゃう?

 ここに、食洗器置いたら?」

という、おっちゃんの台詞の先は、

IHクッキングヒーターなるもの。

キッチンは、本当に最後に可動しそうだ。

 

一つ物を置くにしても、どんな物を置くか?

今までの物を使用するか?新しくするか?で、も、

今回は完全にこだわり続けている。

だから、1ヶ月もかけて、古家から新居へ、

自分達でボチボチ物を運び、

一つずつ配置し・・・と、している。

 

狭い空間を如何に心地良くするか?で、

脳みそが一杯である。

 

ということで、

新居のネット環境のこと???

なんて、すっかり忘れていた。

 

3月中は古家にそのままPCを置いて行く予定。

4月、いつから、それが可動するか?は、

全くわからない。

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23時の寝床

16~18日まで、夫婦共に恐ろしい肩凝りに襲われ、

シップ&内服が必要なほどである。

やっとちょっと治まったか?と思った昨晩より、

鼻と喉がイカレテイル。

引越し最終大掛かり移動が開始され、

まだ今までの家に居るものの、帰宅は22時半。

子等の寝床を作り上げたのは、23時であった。

後二日は、確実にバタバタが続く。

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2009/03/17

訂正

1、フリスク、じゃないし、メントス、だし。

  (うっでぃは、メントスと何度も言っていたらしい)

2、息子の机の長さは、200mじゃないし、200cmだし。

 

本日は、全員クタクタにて、20時前に消灯。

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2009/03/16

今年度終了=ありえん!
脳みそ吹っ飛んだ、なぁ・・・

いや、今年度の担任は、春の時点で、どうしようもない、と、
親子共々思っていたが、
ここまでどうしようもない、とは、思わなかった。
「あんなぁ。聞いてくれるか?
 今年のあんたの個別支援計画についてだけどね。
 やっぱ、予想通り、先生、忘れてた、つまり、
 計画無く、この1年、あんたと関わっていたんだってぇ~♪」
 

流石に、これを、あの息子には言えない・・・(^ー^;;;
まぁ、しばらくしたら、ここを読んで、
 
「ふーーーーーーーぅーーーーーーーーーん。

 やっぱ、そうやったん?」と、語るであろう。彼。
 

来年度のための話し合いに、娘等を連れ校長室へ行き・・・
(20時間夜勤明けの母に依頼しようと思ったら、
 職場の誰かがサボってるんだかなんだか知らんが、
 明けで2時間仮眠後また20時間夜勤だ!とかいうので、
 急遽、というか、もう慣れちゃったよ校長室♪状態で、
 娘等を連れて行った。彼女等は校長室で、
 数時間、ひたすら学習をしている(^^;;;)

校長室に入ると、担任と校長のみと話し合い。
しょうがないなぁ、突っ込みを入れるかぁ?と、
「ところで・・・あの特別支援の先生は何処に?
 この1年、個別支援計画について、
 一切お話が無かったのですが。
 いつ声をかけて頂けるかなぁ?と、待っていたのですが、
 計画案さえも見せて頂けず、更に、一切報告も無く、
 最後くらいは・・・ねぇ・・・。」と振ってみたところ、
 
先生を探し始めた担任&校長先生。
 
「すみません。もう帰ったみたいです(^^;」とのことで。
 
とりあえず、

あちらが言うまま「はいはい。」と答え話を進めていったら、

息子の個別支援の話ではなく、

娘の合格話→引越し話→教育委員会と連絡を→
息子の受験話→若干ゆとり教育批判→
内申書詳細についての、ボロっと、でちゃったよ話
(これを聞けたのは、すげーラッキーだった。)→
校長が担任を持っていた時代の受験話→

「あの当時で、受験勉強を何時から開始したらいいか?と、
 親御さんに尋ねられて、5年生から開始?
 そんなの無理ですよぉ♪なんて、
 親御さんに言えませんよねぇ~?
 今はゆとりで誤魔化されていますけど・・・」
 
とか言われた日には・・・・・・・
はて、なんと答えたらいいのか?だった。

 
終いには、校長が子供の頃の受験話。と、
毎度、校長先生、話が脱線&吹っ飛び状態!
僕、のびたくん好きなんです♪オーラ全開!
今度ののびたくんの希望は、なぁに?状態であった。
 
流石にそれが開始された時には、
しょうがなく校長先生に、しばらく話をさせた後、
 
「僕の小学生時代の受験といえば・・・」という言葉を
何度も脳内でリフレインさせた後、
これって突っ込んでいいのか?とか思いつつ・・・
 
「はっ?えっ?校長先生の小学生時代の受験?!
 ですかっ・・・?
 その時代に、力の5000題???
 わたしそれ、知ってますけど・・・?
 (あれ?同世代?じゃない、はずですけど・・・?)」と、

聞き返してしまった(^^;;;
が、楽しいので、善し。
 
今年度についての突っ込みは、適度にさせて頂いた。
なぜ、授業中にそのような事態になるのか?を尋ねたところ、
ふむふむ、という、こちらが&息子が全く察知していなかった
大掛かりないじめが、クラス内というか、
昨年度から、この学年内で起こっていたらしい。
 
うちの息子、それに、全く気づいていない、
つまり、傍観者でも、なく、マジで気づいていない(^^;
息子は、度々繰り返されるどうしようもない
『事態にだけ』目が行くので、
 
「何度言ってもわからない奴等に指導するために、
 俺の楽しみである大事な授業が・・・。」と、
キーーーっとなっていた、ので、
その報告しか息子から貰えなかったのだが、

その背景には、その親御さん等に連絡しても
どうにもこうにもならないほどの、とんでもないことがあったらしい。

ふーーーーーーーーーーーぅーーーーーーーーーーーん・・・

そりゃ、あの、第三者的で、大変申し訳ありませんが、
「先生も大変ですねぇ・・・。 」としか言えんかった。

だから、息子が、
「あの学年の仲間と、高校受験を控える中学生活を
 公立中学で送る気にはなれない。
 アラレをあの小学校に行かせるのは、というか、
 公立小学校に行かせるのは、賛成出来ない。」と発するのだろう。
 
で、それを聞きつつ、
 
そのお子さん方が、
息子にちょっかいを出してきていた日々があったが、
息子は、それを常に家庭内に持ち帰り、
夫婦&親子で話し合いをした。
 
あぁ、最終的に息子は、その対象となることが無い、
そんなスキルを身につけているのだなぁ、と確信が持てた。
  
フーーーーーーーーーーーゥーーーーーーーーーーーーン。
 
と、感じつつ、
 

息子が掲げた来年度へのお願いを適度に伝え、終わりにした。

帰ろうか?と、廊下を歩いていたら、
あの特別支援の先生が向こう側から来られ、
「ちょっと支援計画はどうなってるんだ?」と、
校長と担任から攻められていた。
 
「いや、担任先生からお声がかかったら・・・が・・・ごにょごにょ。
 なので、ごにょごにょ。」
 
ぴ 「要するに、作成していない、ということ、ですね?」
 
「あぁ、はい。大抵担任から・・・ごにょごにょ。」
 
ぴ (ですよねぇ~。) 
  「はい(^ー^)今年はもう、結構です。」

と、お返事をし、
 
ぴ 「ってか、あの担任、ナニを指導&支援計画とし、
   うちの息子とこの1年関わっていたんだか・・・。」
 
う 「ですよねぇ~♪」
 
と、語りつつ、18時半過ぎ。
バレエから帰宅した息子に電話をし、
学校から自宅まで車で3分の道のりを走っていたところ、
複雑交差点に4人の息子と同じ背格好をしたお子さんがいて・・・
  
赤信号を何度も行ったり来たり=互いに度胸試しをし、
笑って遊んでいた。
 
つまらん度胸試しやなぁ・・・
君達、瀬戸大橋行こかっ?とか思いつつ、
助手席の窓を開け、そのお顔を拝見したところ、
先ほど校長室で語っていた、
ふーーーーーーーーぅーーーーーーん、の、
お子さん方、であった。
 
の 「あいつ等、ヒカレなわからんねん。
   そういう意味で、ガッちゃんレベルや。
   ってか・・・もっとあれや。ヒカレても、わからんねん。」
  
ぴ&う 「これじゃ、うちの息子の支援計画なんて、
     立てる余裕も無く・・・というか、
     周囲と比較していったら、対象外、に、
     されるのでしょうなぁ~。」
 
 
今日、校長室で聞いた話は、こちらに越してきてすぐに、
隣の学区に息子と同じ年のお子さんを通わせている
特別支援を仕事としている夫人から、聞いた話と同様であった。
  
「特別支援?それどころじゃない。普通のクラス運営が、
 うちの子の学校では、成り立っていません。
 まだ、息子さんの学校の方が、マシでしょう。」
 
というか、こちらに越してくる前、この学校を訪問した時、
何気に正直に語ってしまった、あの先生が、言った言葉。
 
「学級崩壊していますよ。」は、要するに、そのまんま、だ。
 
この界隈の公立小中学校の普通クラスで、
先生にそれを望んでも、それは、高いハードルである、
というか、
そもそも、いわゆる、普通にクラス運営するだけ、でも、
精一杯である、だから、
 
あの校長がいるあの学区だけが、
恐ろしいほどのマンモス校となっていくのだなぁ、と、つくづく感じた。
 
で、数日後には、我が家は、その学区に移動する。
 
毎日6~8時間、子供は小学校で過ごす。
学びの場ではあるが、そこは、牢獄でもある。
 
 
親の価値観ではなく、
それぞれの子等の特性に沿った、善き環境を、と、
 
今日、20時過半ぎに、スーパーで炭酸飲料を購入し、
それをフリフリし、R1にめがけ
噴出させている中学生を見つつ、思った。
 
 
う 「どうせするなら、フリスクを入れる方が。ぴーちゃん知ってる?」
ぴ 「いや、うンちに爆竹を突っ込むとどうなるか?
   電信柱の穴に、ロケット花火を差し込むと・・・は、知ってる。
   ってか、そんなこと、幼稚園時代にしろ。」
う 「じゃっ、そろそろフリスクを・・・」
 

そう言うわたしは、36歳にして、フリスク+炭酸、

つまり、何処までも限りなく吹っ飛ぶ、らしい。
 
 
で?
 
何処でする? 
 
世界遺産?
 
 

ってか、こちらに越してきて、

先生達のその会話を聞いていると、

えぇ~?あなた、お給料を頂いている、先生なんでしょ?

託児者じゃないんでしょ?

その責任は何処に消えたん?と、

同じ有資格者として、わたしは吹っ飛ぶなぁ・・・。

 

更なる余談であるが、アラレ謝恩会の時の席。
アラレを挟み、アラレ担任&わたしであった。
そこで繰り広げられた会話は、

先 「お母さん。支援について・・・ところでお母さんはナニモノ?」
ぴ 「ただのAS当事者NSです。」
先 「あぁ、そうだったのですか。もっと勉強したいのですが…」
ぴ 「あぁ、あーでも、こーでも、うんたらかんたら。」
先 「あぁ、情報下さい。」
 
 
なので、子を捕虜として預けているその場、
子の学びの場に、家に在る、家で実行している、
それ以上のモノを望んでも、
無理、不可能、残念!なのだ、と、確信した。
 
なので、さぁ、どうするぅ?である。
 
 
とりあえず、旅行&それぞれ生かせる資格ゲットである。
 

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オカシナ親子早朝会話金より銀(山)

午前2時まで3時間ほど続いていた
オカシナ夫婦の真夜中のハイテンションは、今朝も続いていた。

4時間睡眠で、クソ眠いというのに、
「さっ、旅行のため、仕事に行くわよ♪」と、
意味不明ハイテンションで、そるまっくとドリンクをゴクリ。
 
まぁ、毎度、いきなり妙なことを語るうっでぃ&ぴーまんを、
よーくご存知な息子は、
そのテンションにしっかり付いてきてくれるので、
というか、似たモノ同士なので、その点助かる。
朝食時、食卓に着き、祈りを捧げ、即、

ぴ 「ねぇ、ちょっと。

   『佐渡島で金を掘る!』 って、どう?」
 
の 「はぁ~っ?

   勘弁してよ、だった

   瀬戸大橋の天辺に登る!の次は、

   佐渡島???かい・・・?

   (毎度アホな夫婦だ・・・(^^;みたいな顔をして、)

 
   まぁ・・・いいねぇ(^ー^)

   でも、俺、どうせなら、
   

   『石見銀山で、銀を掘る!』 の方がいい。
   

   どうせ、行くなら、世界遺産だ!!!」
   (モクモク食べ始める。)
  

ぴ&う 「はっ?あんたなんでそんなこと知ってるの?」

の 「はっ?常識じゃん。あーた、そんなことも知らんの?」
 
ぴ&う 「でっ?それ、何処?」
 
の 「島根!だよ。あーたたち、そんなことも知らんの。」

  (溜息&モクモク)
 
ぴ&う 「ぎゃっははははっ!やっぱり島根かいっ!(大笑)」 

の 「はぁ?朝からナーニ笑ってるの?あんたらアホやわぁ。」

  
佐渡島だか、四国だか、島根だか・・・

とりあえず、行くらしい。 

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2009/03/15

停まったら寝てまう!→
アスピーテラインまで飛ぶ。

クソ長、壊れ夫婦営み記事。

「停まったら寝てまう!」 を、合言葉に、

夜勤明けのおっちゃんにお手伝い頂き、
子等のおもちゃや机周りを一気に整理し、
共に寝不足!うっでぃと、ノアとハイエースで荷物を運び、
運び込んだ荷物を新居の定位置に置き、
組み立てをし、途中でホームセンターへ買い物へ行き・・・

9-19時まで激しく動き回った一日であった。
途中、痛み止め&ドリンク2回、肩にシップ。
 
子等は教会学校へ行き、
ザーカイさんのお話を聞いてきたらしい。
日常生活に追われ教会に行けないでいるのが、残念だ。
 
さて、20時近くなってからの夕食。どうしようか?と、様々検索し、
結果、約8kほど離れた場所まで、お好み焼きを食べに行った。
 
『お好み焼き』の『外食』。
娘等は、K県で食べたのが最後である。
平熱が35度台のアラレチャンは、鉄板の暑さだけで、
のぼせてしまい倒れそうになっていた。が、

周囲のみんなのようにとにかく食べたい!ので、
最後に出てきた『大嫌いな葱』焼きにまで
手を出すほどひたすら食べた・・・ところ、
「気持ちが悪い・・・」と語りつつ、歯磨きをして就寝。
 
卒園式が済み、明日の予定を確認する余裕が
わたしの中にようやっと出てきた。
 
今週も多忙である。

先ずは、終園が済んでいないガッちゃんは幼稚園へ。
卒園してしまったアラレは、一人保育園にお世話になる、
つまり、うっでぃがガッちゃんを登園させ、
わたしがアラレを8:10には登園させる、の、開始である。

一年間幼稚園生活をしてきたので、一年前と比較し、
登園時間が30分ほど遅くなっていたアラレ。
小学校登校に向け、保育園というクッションが入ることで、
家を出る時間を早めることが出来るのか?と、試し状態である。

また、明日は本来休みの予定であったが、
業務が多忙であり、急遽午前中のみ出勤。

11:30にお迎えのガッちゃん。
無理です、それ。
ということで、電電ママ様にお願いをし、
お昼を一緒に取っていただき、お迎えに行く。
その後、アラレを迎えに行き、バレエに連れて行き、
バレエ終了と同時に、実家に放置し、
息子の来年度についての話し合いへ夫婦で出かける。
 
授業中、またもや他所のお子さんへの説教が開始され、
その間、腹痛を訴え始めたお子さんがいて。

毎度のこと、先生はそれに気づかない。
なので、それに気づいた息子が、先生にそれを伝えたところ、

「それくらいで死ぬわけじゃないんだし。
 わたしは、今、この子へ指導している最中なの!」と、
怒鳴り散らす先生。

「腹痛への対応と指導とどっちが大事なんですか?」と、
息子は尋ねたらしいが、完全無視された・・・とかいう、
最近のエピソードを抱え、
特別支援について一度も報告が無い担任と、ナニ語るんだ?

あぁ・・・来年の話ね♪といった感じで、出向く。

火曜は、婆ちゃんが、ガッちゃんを幼稚園→保育園と移動させ、
水曜は、うっでぃが、時間休みを取りガッちゃんを移動させ、
わたしは、一日勤務。
 
木曜は、朝からアラレ担当発達相談員と、
今までの全てについての話し合い、と、
個別に依頼していた全ての結果報告書を頂き、
就学前までしかない、この市のシステムとさようならをする。
 
さよなら後、修了日を迎えるガッちゃんをお迎えに行き、
アラレを保育園にお迎えへ行き、またバレエに。
 
それが済んだら・・・
 
世間では3連休、というヤツを利用して、
夜勤があるおっちゃんと共に、木曜の夕方より、
完全引越し!の、開始である。 

今回は一切引越し屋に依頼していない。
全て、ハイエースとノアとムーブで搬送。
冷蔵庫だけは、おっちゃんの職場のトラックを借りる予定。
 
 
2つあった2年しか使用していない二段ベットは、
母の職場の4人の子持ち看護婦さんのところに引取って頂き、
トレードとして、息子が大嫌いなシュークリームが5つ届いた。
 
他、衣類などは、電電ママさんが周囲のお母さんに声をかけてくれ、
半分ほど引取って頂いた。
 
ベビー用の衣類などは、同僚が喜んで引取ってくれた。
 
180cmの食器棚と木製のキッチンラックは・・・

「あんたなぁ。今までに家具にナンボ金かけてるねん。
 数十万は行くで。どうせ、またしばらくしたら引越しになって、
 結局必要になるやん。これ、俺のところに置いておくわ。
 そしたら、『なぁ、ちょっと。あれ返して!』って、
 俺に言うたらええだけやん。

 流石に・・・

 2段ベット2つは、俺的に無理!やったけど。」

 
と、言ってくれたおっちゃんが、引取ってくれることになった。 

残りは・・・
思い出が一杯詰まっている、
子供用のピンクと水色のお揃いの棚と、
玄関にある我が家で一番高価な本棚、である。
 
処分するはずだった、
息子が小1~4年まで使用していた120cm幅の学習机は、
さっさとガッちゃんに提供することとし、
ガッちゃんが好きなように学習する場所を、
アラレの学習机の隣にこしらえることとした。
 
なぜならば、「アーちゃんだけズルイ!」が始まるからである。
 
そんなアラレには。
 
無料で不用品を引取って下さり、それをリサイクルし、
障碍者の雇用の場としている、そんな場があるのだが、
毎週我が家はそこへ物を届けているのだが、
 
そこで、2000円で、購入した学習机をしばらく使用して頂くこととした。
 
どうせアラレも息子のように、
10歳にもなれば、200m幅の机が必要となる。
 
と、その息子の机上には・・・
 
すぐ右手に詰まれてある3冊六法全書等から始まり、
顕微鏡、広辞苑、漢和大辞典、聖書大辞典、
英和辞典、和英辞典、各種参考書・・・と、
アホほどの辞典・参考書・テキストやノート共に、
 
ドラゴンボールのカードやら、大好きな石達やら、
大量の文房具やら、が、詰まれてあり、

そんでもって、机下には・・・
10年近く捨て切れていない、
大量の仮面ライダー&大好きなぬいぐるみと、
足マッサージ用のコロコロと・・・が配置されている。
 
から、
 
あの二人も、同様でしょう、し、

小学1年=最初はどうでもいい=好きなように
自分の机周りをコーディネートし、
自分の机にて集中して数時間過ごせる人間になれば、
それでいい。ので、
 
コレを機に、さっさとガッちゃんにも学習机を与え、
そこで、幾らでも好きに過ごして頂こうとか、思う。 
 
と、先日、
「なぁ、『×』って、どういう意味?」と、アラレが尋ねてきた。
それに対し、うっでぃが答え、
その後、5の段と3の段について質問したところ、
さっさと答えていた。
 
彼女の脳みそ内では、『かけ算の決まり』の、開始である。
  
今年から、また、様々なところに、連れて出て行くことが可能になる。
そこで見つけた物で顕微鏡を、
遠くに出かけて望遠鏡を、
コレってナンだ?で、辞書でも何でも、好きな様にいじりなされ。
 
うーん。
アラレが10歳になった時が楽しみである。
 
とりあえず、さっさと完璧引越しを終了させ、
夫婦で仕事しつつ・・・って、よく考えれば、初めての経験だぁ。
 

あれ・・・初めて気づいた。
 
さーて、ナニを楽しもうか?である。
 
これって、昔みたいに、頻繁に旅行に行けるんじゃない?と
ポツっと語ったところ、
 
「俺、アメリカでいい。」とか言う息子が居る。
 
全員一致で、「勝手に行け!」だった。
 
というか、君、受験生だし・・・は、ほっとけ。
やりたきゃ、自分でしよし。で、
 
商用車に布団を敷き、富士山まで、とか、
北から南まで新幹線移動、とか、
飛行機とか、フェリーとか、とか、とか、とか・・・
5歳になるまでに、月一ペースで、あっちこっちと旅行に行き、
その間、各種乗り物内で、幾らでも読書し、勉強しが出来る子だった。
 
だから、彼、何処に旅行でも、
テキスト&参考書&ノート持参で、
移動中に学習、で、大量に遊ぶ、は、可能であろう。 
 

さてと、何処に行く?
南生まれのうっでぃ。
北生まれのわたし。
あちこち旅行しているM美ちゃん。
あちこち線路敷きまくっているおっちゃん。

47都道府県、日本の中で、行ったことが無い場所?
4人が行ったことが無い場所って?

う 「そりゃ、群馬やろっ!」
ぴ 「えぇ?県境の線路とかしてるんちゃう?」
ぴ 「山形ちゃう?」
う 「はぁ?おっちゃん行ったことあるんちゃう?」
ぴ 「あぁ!そうや!新幹線引いたわ!」
う 「やっぱ、島根ちゃう?」
ぴ 「えっ?だから、M美ちゃん」

うふっ。制覇しよう。かぁ。

ドライバー4名、ハイエースの後ろに学習机、
ノアはルンルン♪
 
はい、おっちゃん&M美ちゃん、次に会うまでに、
行ったことがある場所の日本地図に色塗りましょう。

う 「佐渡島は???
   (もう、瀬戸大橋の天辺は諦めた。だって、あの親子、
   「海の上は嫌!夢にまで出るし!」とかって言うし。)

   俺は、都道府県単位は諦めた。
   『佐渡島で金を掘ろう!』
   
これで、おっちゃんと子等はルンルンだ(^▽^)♪♪♪」
 
う 「高速料金?28日から開始?!
   ちょっと聞いてくれる?
   俺、28日から4連休だし。
   あら、振り向いてあなたの勤務を見たら?
   あーら、一緒じゃん。
   さっ、おっちゃん、お休みしますよぉ~。」
 
ぴ 「いや、28夜勤、次は30の夜勤だ。」

う 「うーーーん。やっぱ、GWの盛岡か?」
 
ぴ 「M美ちゃん、そろそろ、タイから帰ってるし、メールしといて。」
 
う 「ん?『高速料金は出すから、ガソリン代宜しく!』って?」
 
 
何処までも、妄想に走るオカシナ二人であった。
 
誰か、停める?
誰か、乗る?
 
GWの盛岡?
 
 
ぴ 「春スキー(^ー^)?春ボード(^ー^)?春温泉(^ー^)?
      

Photo  そして、アスピーテライン

  樹海ラインだっ!!!」

  

う 「アスピーテライン?!(言うな!)負けた。
   うーーーーーん。
   なんか関係ないけど・・・
   トランシーバ買って来る。
      遠野物語・・・リアス式海岸・・・
   あそこで、のびたに、クソデカイワカメを食べさせたい!」
 
ぴ 「わかめ、かい(--;;; そんでもって、龍泉洞だ!」
う 「いやー。秋吉台やっ!」
 
ぴ 「いや、盛岡やろ。のびたの今後?

   動きが悪くなるやろ=今、おっちゃんの実家へ。」

 
う 「うん、異論はない。今なら、娘等の記憶にも入るだろう。」
 

GWは、盛岡!

夏は、四国=ウミガメ、産卵、かつおのたたき!

 

「えぇ~?四国~???なんでぇ~~???」

という、M美ちゃんの声が聞こえるような気がする・・・。

 

あっ、アラレがストレッチマンで観た、

わんこそば、も、欠かせない。

 

そして、また、「気持ち悪い・・・」へと、続くのか・・・?

 

で。

「東北は任せた!」と言う、

うっでぃの脳みそ=PC画面、は、只今、四国におる。

 

で?どっち通る?

首都高?日本海?

 

ぴ 「最後、は、いつか皆で、イスラエルへ。最後って何時?」

う 「でも、途中で、イタリアに寄ろう!あぁ、世俗的♪」

 

おっちゃんの、「千円で行けるんか?」という声が聞こえる。

 

さっ、やるよぉ。やると決めたら、やるねん♪
 

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午前様

昨晩は、5年ぶりの午前様であった。

 

5年ぶり=息子幼稚園卒園時の母の飲み会以来、で、

アラレクラスの母の飲み会に出席してきた。

 

周囲は謎に満ちたわたし等夫婦に非常に興味があったらしく、

様々な質問を投げかけてきた。

 

うっでぃが周囲のお子さんの操り方があまりに上手で、

更に、常に娘達の送り迎えをしているので、

あの夫婦はナニをしているヒト?どんな夫婦生活なの?

どうしたら旦那さんがそんなに家庭のことをしてくれるの?と、

様々な質問攻めにあった。

 

気を使うのも面倒でったので、スの自分で居たら、

「ちょっとぉ。もっと早くにそうしてくれたらよかったのに。」と、

多くのお母さんから言われ、二次会に連行された。

 

ほぉ、こんな風に会話をし、こんな風に過ごしているんだぁ…と、

垣間見ることが出来、それはそれで良かった。

 

20時頃には帰宅するだろうと、お酒も飲まず、

娘等の夜間の世話を息子に依頼し、

お迎えのために待っていてくれたうっでぃ。

 

ありがとう、と、思う。

 

さて、自分達でコツコツしている引越し、

今週がとりあえず勝負で、来週最終的大荷物の移動となりそうだ。

 

今日を、どう過ごすか?で、イロイロ変化する。

気持ちのいい天気、気張ろう。

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2009/03/13

アラレ卒園式
ありがとう こころをこめて

Photo

 

 

   

   雨の卒園式。

 

 

 

     

昨晩、いきなり、アラレが爺ちゃんをお誘いした。
あの爺ちゃんのことだから、お断りしてくるか?と思いきや、
「行く”がらなぁ。」と言ってくれたのでビックリ。

礼拝堂で執り行われた卒園式で、
園長=牧師先生が語られた言葉は、
復活後のキリストが弟子達に語られた言葉と一緒であり、
卒園にあたり、アラレへ送ったメッセージと一緒であった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  
アラレちゃん、卒園おめでとう♪
ハレルヤ!アーちゃんをここまで育(そだ)て下(くだ)さった
神様(かみさま)に、心(こころ)より感謝(かんしゃ)致(いた)します。

1歳(さい)で保育園(ほいくえん)に通(かよ)い始(はじ)めてから
○△幼稚園(○△ようちえん)で6箇所目(かしょめ)。
どの園(えん)に行(い)っても知(し)り合(あ)いはおらず、
いつも一人(ひとり)ぼっちから園生活(えんせいかつ)を
始(はじ)めたアーちゃん。

最後(さいご)の1年(ねん)は、成長(せいちょう)したな、
神様(かみさま)の愛(あい)を
少(すこ)しずつ知(し)ることができているな、と
感(かん)じることができました。ありがとう。

これから小学校(しょうがっこう)へ通(かよ)うことになり、
また一人(ひとり)っきりからのスタートです。
ドキドキしますね。アーちゃんと同(おな)じくらい
うっでぃもママもドキドキしています。
でもね。

神様(かみさま)がいつも
アーちゃんと共(とも)に居(い)てくれますから、
安心(あんしん)して下(くだ)さい。
一人(ひとり)で寂(さび)しくなった時(とき)、
悲(かな)しくなった時(とき)、

そして、不安(ふあん)になった時(とき)には、
今(いま)まで覚(おぼ)えた讃美歌(さんびか)を
心(こころ)の中(なか)で歌(うた)い、
神様(かみさま)に祈(いの)ってみてね。
心(こころ)に平安(へいあん)が訪(おとず)れますから。

【主(しゅ)は いつも歩(あゆ)まれ 
 絶(た)えず 渡(わた)って行(ゆ)かれた
 主(しゅ)は 留(とど)まることなく 
 人々(ひとびと)の心(こころ)の岸辺(きしべ)へ
 悲(かな)しむ人(ひと)がいて 倒(たお)れる人(ひと)がいて
 泣(な)く人(ひと)がいる そんな向(む)こう岸(ぎし) 
 Let’s cross to the other side  漕(こ)ぎ出(だ)そう
 そこは主(しゅ)が向(む)かわれた場所(ばしょ)
 Let’s cross to the other side  漕(こ)ぎ出(だ)そう
 そこに主(しゅ)もおられる  ~ 向こう岸へ渡ろう ~ 
 新生讃美歌(しんせいさんびか)391番(ばん)(マタイ25:40)】    

【君(きみ)は神様(かみさま)にね  
 話(はな)したことあるかい
 心(こころ)にあるままを 打(う)ち明(あ)けて
 天(てん)の神様(かみさま)はね  
 君(きみ)のこと何(なん)でも
 解(わか)っておられるんだ 何(なん)でもね
 だから空(そら)仰(あお)いで 
 「神様(かみさま)」と一言(ひとこと)
 祈(いの)ってごらんよ わかるから
 小川(おがわ)のほとりでも 人(ひと)ごみの中(なか)でも
 広(ひろ)い世界(せかい)の 何処(どこ)にいても
 本当(ほんとう)の神様(かみさま)は
 今(いま)も生(い)きておられ
 お祈(いの)りに応(こた)えて下(くだ)さる  
 ~ 祈ってごらんよ わかるから ~ 】

『わたしは世(よ)の終(お)わりまで、
 いつもあなたがたと共(とも)にいる(マタイ28:20)』 

神様(かみさま)に創(つく)られた 
光(ひかり)の子(こ)(エフェソ5:8)として、
これからも共(とも)に歩(あゆ)もう!   
 
卒園(そつえん)おめでとう!  

2009年3月 うっでぃ・ぴーまん・のびた・ガッちゃん

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
卒園生からの歌は、これであった。
アラレからこの歌を聴くと、

母はじーーーーーん、としてしまう。

6年と1ヶ月前、

おっちゃん&のびた&M美ちゃん&婆ちゃんだけに支えられて
この世に生まれて来た彼女。

雨だった=おっちゃん仕事休みだっただろうし、
卒園式に誘ってあげたら良かったかなぁ、とか、
何処か申し訳なく思ったりした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ありがとう こころをこめて」  視聴

いつのまにか 僕達は一人で歩いていたよ
6年前にこの世に生まれた小さなこの命
晴れた日にも雪の日にも元気な時も病気の時も
変わらない優しいまなざしが僕達を包んでくれた

気がつけば春の風があんなに歌っているよ
ありがとう心を込めてありがとうそしてさよなら

どこまでも遥かな道を歩いて行ける勇気と
悲しみを分かち合える温かいこの心
けんかをして仲直りして泣いて笑って励ましあって
みんなと一緒に私たちは大きく大きくなれたよ

気がつけば春の風があんなに歌っているよ
ありがとう心を込めてありがとうそしてさよなら

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

小学校の先生方などからのピント外れの祝辞を頂き、
最後に、園長=牧師先生からの祝祈を頂き、
式は終了した。

謝恩会では・・・
「謝恩会の意味・・・?ガッちゃんの時には…」とか感じた、

ということには、とりあえず、蓋をし。
 
先生方からの贈り物の歌は、
『君は愛されるため生まれた』と、
卒園生が式場から退場する時に流れた、
『神ともにいまして』だった。
 
会場内で、両方の歌を一人知っていて、
その歌が大好きな大好きなアラレ。

先生方と共に、親子で、それを歌った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『神ともにいまして 行く道を守り
 天(あめ)の御糧(みかて)もて 力を与えませ

 *また会う日まで また会う日まで
  神の守り 汝(な)が身を離れざれ*

 荒れ野を行くときも 嵐吹くときも
 行く手を示して 絶えず導きませ
 *~*

 御門(みかど)に入る日まで 慈(いつく)しみ広き
 御翼の蔭(かげ)に 絶えず育(はぐく)みませ
 *~*  

 ~讃美歌405番 神ともにいまして~ 視聴
 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

讃美に溢れた卒園式が終了し、
うっでぃとガッちゃんにお迎えに来て頂き、
 

Photo_2 園長先生と共に

お写真を撮って頂き、

今日が終了した。
 
 
 
さっ、一人立ち、の、始まり、信仰の継承の開始である。
 

帰宅し、授業料滞納が無いか?チェックした母(汗)

 

ちなみに、来週からは、保育園児!である。

 

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アラレ卒園式の朝

昨日は婆ちゃんの61歳の誕生日だった。

一昨日、元気に登園したガッちゃんは、

昨朝、布団から出てこず、

急遽勤務変更で休みとなった婆ちゃんの元に、

ガッちゃんは届けられ、わたし等は仕事へ出かけた。

結局、婆ちゃん宅でまた嘔吐したらしく。

アラレ、午前=幼稚園、午後=保育園、という移動や、

ガッちゃん保育園お休みという連絡や・・・

勤務中に家族と何度もする、細かい予定変更の連絡だけで

わたしは疲れてしまった。

 

このところ、毎日毎日、動きが異なり、その日その日の動きを、

前日に脳みそに入れる気力も残っていない。

朝起きて確認し、その通りに動くだけで精一杯である。

 

今日はアラレの卒園式である。

 

まだナニも準備していない。

他所の親御さんは予行練習をされたようだが、

いきなり決まるそのスケジュール。

全てが勤務日で、その親の集いに一度も参加していない。

ガッちゃんの時には、1ヶ月前には連絡が欲しいと思う。

 

謝恩会で手話をしなければならないのだが、

その練習も全く出来ていない。

先生に依頼し、日曜日にビデオを撮らせて頂く予定であったが、

教会学校の校長先生が亡くなられた関係で、

ビデオ撮影は昨日の夕方にお願いした。

 

昨日はくたびれ果てており、19時には寝てしまったので、

そのビデオをまだ観ていない。

今から朝食の準備などをこなし、子等を追い出した後、

15分ほどで暗記する予定だ。

 

謝恩会の動きについても、予定表を配布されたが、

まだ目を通していない。

そもそも、謝恩会、が、苦手であり、

目を通すこと、そのコト自体が苦痛である。

 

数日前からそれに目を通してしまうと、

ただでさえストレスである行事に対し、更なる不安が増すので、

当日に目を通す、のである。

  

さぁ、当日の開始、である。

どんな感想を持つ一日となるのであろう。

 

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2009/03/11

夫婦の営み(4月予定版)

他所にコメ入れている最中。いきなり背後から・・・

 

「ちょっと!四月に四国に行こうか?」

 

 

ぴ 「はーーーーぁ?勝手に行って来い。

   ってか、夜食(=ラーメン)作って。」

う 「えーっ?うどん食べに行くんだけど。」

ぴ 「勝手に行ったらええやん。」

う 「瀬戸大橋の一番高いところ。

   ちょっとちょっと、ここ!ここ!」

ぴ 「はぁ?勝手に行ったらええやん。」

う 「えぇ~?一緒に行こうよぉ。土日とかで。」

ぴ 「はぁ?アホか!4月は平日に休む言うてるやん。

   土日は全て仕事や(アラレ新学年に向け)。」

う 「あ、そぉ?じゃっ、勝手に応募していい?」

ぴ 「ぷっ。応募かいっ。したらええやん。」

う 「そぉ?のびた登れるかなぁ・・・?

   あっ!ダメだ!下で待っているヒトが必要らしい。」

ぴ 「はっ?M美ちゃんに頼んだらええやん。」

う 「そんなん無理に決まってるヤン。あの二人やで。

   『卑怯やぁ~!』を叫ぶ、あの二人やで。」

ぴ 「早すぎる。今、記事書きつつ会話してんねん。

   ゆっくり喋れ。」

う 沈黙・・・・・・・・・。

ぴ 「ナニ悩んでるん???

   わたしが行こうが行かまいが、あの子等は叫ぶねん。

   だから、行ってきたらええやん。」

う 「はっ?登れるのは、のびた以上やねん。」

ぴ 「だから、あの子等置いて、行ってきたらええねん。」

う 「あぁ~!そういうことぉ~!許されるのぉ?」

ぴ 「許されるかどうかは知らんよ。土産で釣ったらええねん。」

う 「いやぁ、連れて行きたいんだよねぇ。」

ぴ 「連れてったらええやん。

   その時間、他所行っとったらええやん。」

う 「誰が。」

ぴ 「M美ちゃんに頼んだらええやん。

   わたしは、4月の休日は仕事!無理不可能残念!」

う 「でも、4月じゃないとダメやねん。」

ぴ 「あっ、おっちゃん・・・高所恐怖症、だった、はず、やで・・・」

う 「ラッキー♪」

ぴ 「だから・・・わたしの今日の2食目=ラーメン作って。」

う 「うん、作ろうか(^▽^)♪ルンルン。」

 

ということで、おっちゃん=高所恐怖症、に、されたのだった。

 

わたしは、ヒトの会話に興味が無いので、

おっちゃんの過去の鉄橋上作業話を斜めに聴いている。

そこから、勝手に、高所恐怖症、

「だった(=過去)、はず(=記憶は定かではない)」

としか・・・言っていない。

 

確認は、自分で取ってくれ。

四国には、勝手に行ってくれ。

 

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2009/03/09

ニコニコゲー

数日前、おっちゃんにより武装?させられたこの方が、
早朝より、「おなかが痛いねん。」と、ニコニコしている。

大好きな納豆ご飯を目の前にし、箸を持たず、
ニコニコしつつ、「おなか痛いねん♪」と。

「痛くて食べられへんねん♪」と、
ニコニコ、ニコニコ、ニコニコ。

腹部を触ると大笑→笑い転げ、
体温計を脇に入れると「こそばい!」と笑い転げ。

おたく、フザケテル?

と、思いつつ、
一口パンを二つだけ食べさせ、ご本人、
「幼稚園に行く。」というので、行っていただいた。
 
職場に着き10分後。
申し送り最中にうっでぃより電話。
 
「幼稚園に着いた途端、幼稚園で吐いた。」と。
 
車の中でもなく、家でもなく、幼稚園で・・・
なんと賢い子 迷惑な子なのだ・・・と思いつつ、

すみません、と、職場を後にし、
幼稚園の駐車場まで迎えに行った。

ニコニコニコニコ、ニコニコニコニコ。

病院へ連れて行き、腹部レントゲン撮影。

技師さんに、
「ここにあるぬいぐるみを見ていてね♪」と言われれば、
全く動くことなく、凝視。

バレエのポーズを決めるかのように、背中をまっすぐにさせ、
綺麗な腹部写真が出来ました。
 
病院内をニコニコしつつ歩いているかと思えば、
いきなり、腹を押さえて丸まり・・・また、ニコニコ。
 
帰宅し、即爆睡。
 
起きて、ポカリ&ウィダーを少しずつ・・・
200入ったか?と思えば、ゲー。

その時点で自らナウゼリンを希望。
しばらく良い子にTVを観ていて。

晩になり、調子が良さそうだったので、
ご本人のご希望で、予定通り、
教会学校の校長先生の前夜式へ家族全員で、GO。
9日の晩、車を取りにいく、を、選択しないで良かった。
 
と、最後のお別れなので無理して行ったが、
やはり幼稚園のトイレにて、ゲー。
前夜式中は、真面目なお顔。

でも、帰宅したら、ニコニコニコニコ。
ゲーでも、ニコニコ。
「なんかしんどいねん。」と言いつつ、ニコニコニコニコ。
 
明日は、一発点滴=うっでぃさん仕事休み、ですね。
そういうわたしも、微熱があり、腹部の調子が悪い。

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2009/03/08

俺の六法、俺の条約集
そして、俺の仮面ライダー

土曜早朝。
従兄弟が私大医学部に合格した、と、母より連絡が入る。
そこん家は、私大医学部3人目。上2人在学中。

流石にイロイロ回らなくなってきたらしく・・・
3・4日以内に・・・(壱千萬)
だから、ぴー兄にも手助け・・・
「ぴーちゃん、この春にお兄ちゃんから借りる予定だったでしょ。
その件も含めて、お兄ちゃんに連絡取ってくれる?」
と言われたので、急遽こちらの段取りを組み、
その後、兄貴にその旨をメールする。

しかし、わたしの兄貴である。全く返事が無い。
夕方まで待ったが、彼からの連絡が無いので、
こちらから連絡をしてみた。ら、
毎度のこと、ゆっくり、しかし、確実なお返事が来る。
結果、様々な予定変更を、様々なところに依頼。
頭がこんがらがった一日であった。

朝の時点で、
「3人私大医学部だと。その学費だけで、
 軽く壱億弐千萬
 そこに至るまでに・・・更に私大には、意味不明属物、で・・・?」
と、息子に伝えると・・・

「俺は、意地でも

 医学部に行ってやるんだ!」

 
と、毎度わけわからんことを叫び、
周囲全員が新居の片付けに行く、というのも、完全無視して、
10~19時まで、一人モクモクボチボチと・・・

いや・・・マジで勉強しつつ、
片手に鉛筆、片手にハサミを持っているのには、
流石に驚いた。

「はぁ?この子=不思議ってのは知ってるけど、
何処まで不思議なんじゃ?」と・・・。

勉強の合間に、
うっでぃが捨てていた司法試験六法を、
ゴミ箱から拾ってきては読み、
「俺はやっぱり法律より医学・・・」とかブツブツ語り、
 

  
Photo

8年モノ仮面ライダーぬいぐるみへ、
折り紙でお洋服を作り・・・(--; 

  

 

とかしていた、らしい。

  

Photo_2

 

 それは、表からみたら、

 ショッカーだし(--;;

 

    

などなど、(そう、ハサミは、これでした。)
好きなことをしつつ、適度に勉強されていたご様子。

19時からは、日本×韓国戦を大喜びで観ていたらしい。

その間。
夕方、「ノアが出来上がった。と、車屋より連絡があった。
当初、「9日の夕方に取りに行く。」と、車屋伝えたのだが、
何気に、何気な予感がして、
「今日のしなければならないことは終了したから、
  車取りは、今日中に行って来たら?」と、うっでぃに伝えた。

「そうするわ。」と、娘等を連れ出かけてくれた。 

結果、昨晩のうちに我が家に車が来た。
と同時に、9日の晩の予定は無くなった。

そして、今朝5時半。
わたしの目覚ましが鳴った時、
いつもなら一人で目覚めるのだが、
超珍しく、妙な夢をみて5時前に起きていたうっでぃが、
わたしを起こしに来た。

わたしは、異様な風景に、あっという間に目が覚めた。

その結果、我が家の今朝は、全員朝風呂をこなすほど、
とてもとても早く、スムーズな行動、であった。
 
今日の予定=当初の予定では、娘等と婆ちゃんとで、
婆ちゃんの教会に行って頂き、
うっでぃ&息子&わたしとで、息子&うっでぃの
とてつもない勉強汚部屋の整理をすることとなっていた。

しかし、今朝もまた、母より電話が入り、
「町内会のなんちゃらかんちゃらで・・・
  だから、予定から、30分ほどズレるのよねぇ。」と。
なので、娘等が大好きな、
いつもの教会学校=幼稚園へ行って頂く事、と、なったのだった。

と、汚部屋掃除をしていたら、
うっでぃが捨てたはずの、超綺麗なバインダーを、
「これ500円もするねんで!10冊もあるやん!
 こっちは1200円やっ!」と、
ゴミ箱からそれを拾い、隠し持っていた息子が居た。

「1200円のは、わたしが中学の時のだ。」と返事をしたら、
「ほぉ~(^0^)」と、意味不明に大喜びであった。

更に、うっでぃが不要となった『条約集』に目をつけた息子は、
 

「これに、『ラムサール条約』も載っているのか?」と、
ルンルンしつつ、うっでぃに声をかけ、結果、
それを自分の物とし、それらを荷造りのため、
彼は適度玄関に放置していた。

本だけで2時間弱ほど取られる荷造りが一段落したので、
彼はまた、勉強に戻った。毎度、窓全開にして。 

しばらくして、廃品回収の車の音楽が聞こえてきた。
我が家の前で、それが停まったとき、

「俺の司法試験六法はっ?!
 俺の条約集はっ?!」
と、

クっソ大声が我が家に響いた。

11歳で司法試験六法で騒ぐな・・・(--;;;;;;;
わたしゃ、一生世話になりたくない代物だ・・・。
とか思いつつ、その叫びを聞き、
「大丈夫、生きてるよ。」とだけ返事をした。

そろそろ、実家から、兄貴のお古の本を、
更に調達してこようかと、思っていたら・・・
うっでぃも、同じことを思っていたらしい。

彼等、置いときゃ、なんでも読む。

そんな彼。
家に居れば一日中、
動物やら機械音やらキャラクターやらの
声帯模写を口から発しつつ、ウロウロしている。

トイレやお風呂に入ったら、それに没頭し、
トイレは数十分、お風呂は1時間、出てこない。 

が、漫画本はさっさと捨てる(どう繋がるのだ?)

 
さて、本日。その彼と共に、7いれぶん へ 行った。

すると。
ウルとラマン炭酸飲料が売ってあった。

うっでぃが、「のびた君、これは?」と、いつものように、
何気問題を出すように尋ねると、

Photo_3  「これはウルトラマン、ティガ、セブン。 
  これはゾフィー、で、メビウス!
  そして、帰ってきたウルトラマン!
  (めっちゃ自慢げ=100点?)」

 

 

と、5・6歳の時、全ウルトラファミリーのポスターを
大事に大事にしていたが、即、捨てた、
そんな炭酸が飲めない彼は、淡々と語った。

そんでもって、今宵、その彼は・・・

「なぁ・・・
 塾と学校の宿題も明日の準備も全部終わったんだけど、
 『リケイド』観ていーい(^▽^)?」と、うっでぃに言ってきたらしい。

「はぁ?何時やと思ってんねん。明日忙しいし、早ぉ寝なアカンで。」

「冗談、だってば~っ♪」

「はぁ?お前、半分くらい本気やったろ?」

「ちゃうわ!!!
 でっさぁ~。ナーニも予定が無い、
 
 火曜日やったら、観ていい(^ー^)?」

よって、うっでぃ、撃沈。
  

そんな彼は、
仮面ライダーをベットに持ち込み、
共に就寝していた・・・(--;;;;;;;

新居のスペース作りは、毎度のこと、大変である。
 

仮面ライダーは、不滅らしい。

 

あっ、今、気づいた。

ウルトラマン&ガンダムはレンタルしまくり全てを観せ聞かせた。

仮面ライダーは、していない。

なるほど、『納得』だ。

 

今年の意味不明課題が、もう一つ出来上がった。

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2009/03/07

さて

アラレが、女児クラスメートに、

馬鹿だのなんだの、言われまくり、

その後、腹を3回蹴られて帰宅した。

わたしでさえ蹴ったことが無いアラレの腹に、3回。

アラレに対し、わたしはナニも言わない。

ただ、「さぁて、どう処理しようか?」と、思っている。

 

卒園終了までに、かたはつける。

正当なやり方、で。

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2009/03/06

夫婦の営み(しかく版)

ぴ 「あぁぁぁぁ・・・(ムカつく。) しかく、ほしい。」

う 「しかく?=スクエアー? キューブ? 視覚支援=てぃーち?

   んっ?????(↑それぞれポチ)」

ぴ 「んにゃ。全部ボツ。で、あんたは、これかこれ。」

う 「法の方を、の、はずでしたが…。いや、いいかも(^-^)」

ぴ 「わたしは安く短期。しかも大学は行かない。

   自力学習即戦力。君は3次編入。激安にて資格取得。」

う 「実習は?提携施設は?あんたのとこ、ないねぇ。

   ってか、息子が好きな○△が、●■が・・・

   あっ、いいねぇ♪」

ぴ 「あんた、法の方は?」

う 「まぁ、ボチボチ。」

ぴ 「そやな。なんせ、のびた育て終わった時、

   あんたまだ、41歳なんでしょ。そっからでええわ。」

う 「今は、付随する物が少なく、

   定時で帰宅出来るのがいい(^ー^)

   それは資格を取っているのとは、別。資格は内緒♪」

ぴ 「そやな。知恵だけ貸して(^ー^)

   さてと、やろか。2年計画くらいで。」

う 「うん。」

ぴ 「作ろう。」

う 「しかし、『保険』が必要だ。」

ぴ 「大丈夫。ヤツは嘱託医。周囲の資格は完全固め。」

う 「ナニを作る?」

ぴ 「わからん。何か。ただ、型があってはいけない。」

う 「ふむふむ。俺、密かにお茶漬けを食べようと思っている。

  息子の記事は書いたか?」

ぴ 「書いた。あそぅ。わたし寝るし。」

う 「あれ?今、おっちゃん夜勤中?日曜日くらいにさぁ・・・。」

ぴ 「大事なことは・・・(喋るな。)」

う 「うん。あとはメールで。。。トイレトイレ♪」

 

トイレから帰り、

 

う 「大事なこと!大事なこと!ぴーちゃんの汚部屋が・・・」

ぴ 「うん、知ってる。(自分で考えれ。)」

う 「うん。布団はともかくとして・・・

  暖房は入れておいた方がいいよね。」

また、消える。

ぴ 「で・・・?布団は?」

う 「敷いたよ。当たり前じゃん。

   『ぴー子が、そうだって言ってるんだがら、俺はそうする』

  (爺ちゃんの真似)」

ぴ 「似てねぇし。」

う 「絡めたいよね。その・・・障碍者の雇用の場としての・・・」

ぴ 「うん。オモシロい程に周囲に人材は居る。」

 

スクエアーでも、キューブでもない。

コロニー、ね。

イメージは、幾らでも。

 

意味不明、この、記事。

視覚、□、資格、■。

 

さてと、するか。

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2009/03/04

なんなんかなぁ 

これ、続きの記事。

そして、暇が無い方々の代わりに、付き添いに行って来た。
付き添ってきた→ナニも知らない息子は、
学校を休むことが大嫌いなので、多少の不調でも、
自ら喜んで学校に行った。
(だけではなく、先ほど20:30まで塾にも居た。)
 
わたしは、ずっと気になっていた。
この数ヶ月、ドンドン進むその方の痩せと異食。
異食が落ち着いたと思ったら、水腎症か?と思うほどの飲水量、
そして、内分泌的検査もせずに、PSYにさせられていること、
そのことが。
 
病院に着き、検温。異常なし。
さて、自動血圧計にて血圧測定・・・2度測定しても、測定不能。

ん?と、思いつつ、身長、体重測定。
そこで、初めて数字を見て、
 
あっ!と、思った。

これは、異常すぎる、と。
 
体重=23Kg→BMI→肥満度=-30%
 
直感が働き始めた。病気ではない、病気を作っている。
 
振り返る。映像を再現する。
 
この方が、食事をする、その時の食いつき方は・・・
あぁ、羅生門の老婆だ=飢えているのだ。
 
ん?なぜ、この方は、おかゆを食べているのだ?
そのおかゆの量は、ナゼ他のヒトより少ないのだ?
この方の食事のカロリーは、幾らに設定されているのだ?
 
受診前、とにかく、??????????が、大量に浮かんだ。
 
そして、その方を全く見ることもない、触ることも無い、
どうしようもないなぁ、と、感じるDr.に
「とにかく全ての検査を」と依頼し、検査をして頂いた。
 

HR=40台が提示された時点で、

担当psyへmedの停止の依頼をした。
担当Dr.には即話が理解出来たようで、即停止の指示が出た。 

検査結果が出るまでに時間があったので、
おかゆの理由とそのカロリーの確認に走った。
 
すると。
 
おかゆの理由は誰も知らない。
そして、カロリーは、1200Kcalに満たない。
 

本来、1600設定であったのだが、
「食べるのが遅いから!減らして!」と、何度も何度も
煩く減らすように、とある異職種から指示された、

「だからね、そうしたのよ。」という、
職場の次TOPである、栄養士によるモノであった。

「ジンケンケンシュウがあるから、行くように。」と、
しつこく言ったのは、あなたでしたよね?
 
と、言う気にもならなかった。
 
「あの(怖い)人がしつこく迫るから・・・。」
責任は、あの人ですか。
 

委託された公の場として、
その方々の生活を見ていく、その場にて、

ナニが正しくて、ナニがオカシイか?さえ、発することが出来ない。
 
それをしたら、のけ者になる。

それをしたら、働けなくなる。
 
ナニが怖いのだろう?

そんな疑問が、沸々。
 

同時に、

急いではいけない。

ボチボチ、ボチボチ、ただただ、ゆっくり、
正当な方法で、それに向っていく。

栄養失調な状態に対し、いきなり高カロリーを大量に、は、毒である。
 
ちょっとした、高カロリーを、である。
それを少しずつ。
 
それしかない、と、感じた。

その肥満度=-30%に気づくのに、7ヶ月もかかってしまった。
そのデーターを握っていたのは、辞めて行った頓珍漢さんで、
そのデーターを知っても、何も動かなかった、Dr.もいた。
 
が、それをさておき、気づくのが遅すぎた、のか?と、
申し訳ない、と、思う。
 
だから、繰り返さない。
 
繰り返さないモノを作り上げる。

それしか、無い。
 

差別も、飢えも、ナニもかも、ただ、誰が作り上げているのか?
知っていて、それに、抵抗できず、
知っていて、それに、屈することしか出来ず、は、

なんかなぁ、違う、と、思う。
 
違う、と、思ったら、ボチボチと。
 
ただ、それだけ。
 
さてと、旦那の行き先が、わたし等を取り締まる場所であったなら、
それはそれでオモシロいことになりそうだ、とか思う、
今日この頃であったりする。
 

 

そこに様々な地盤を作る、いや、

作ったことさえ、覚えられないヨイトマケ、で、いいと、思うし、

それは誇りである、と、わたしは、思う。

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なんかなぁ

職場には60~100代の統合失調症、知的障害、AS、ADHD、
認知症・・・の方々が、100名ほどおられる。

長いこと精神病院にいたお陰で、障碍者年金を頂くことが出来ず、
苦労されている方もいる。

先日、職場の人権研修があった。
上の人々は綺麗なことを並べていた。
その場で、ヨイトマケの唄を聴いた。

「ん?何処かで聴いたことがある歌だ。」と思いつつ。

その研修より少し前、わたしは悲しい場面に遭遇した。

夜間転倒し痣だらけの対象者に対し、
異職種の方が、朝、職場から帰る前に、
「ほんま迷惑やわ。あんたのせいでわたしの仕事が増えた。」
と叫び、その痣をドツイタ。
 
わたしは言葉を失った。
その後、その痣と、報告が無かった皮膚剥離の処置を
丁寧に丁寧にさせて頂いた。

知的障害がある60代の方が、リュックサックを背負いつつ、
休日の申し送りをしようと大勢が集まっているところに来て、
なにやら訴えたいそぶりをみせていた。

「お・・・お・・・おにぎり・・・。」とだけ、彼は呟いた。

それに対し、わたし以外全員が大笑いを始めた。
それでも、彼は訴えたいことがあったらしく、
「お・・・お・・・お・・・おにぎり・・・」と、言っていた。
周囲が笑い飛ばすので、彼が語りたいことの続きを
語るに語れない状態が出来上がった。

「やかましい!あんたら黙っとき!」と叫びたい気持ちを押さえ、
わたしは、周囲の出方をじっと観察した。
 
「お前は【やましたきよし】かっ!」と、
みんなで更なる大笑いを開始した。

言葉が出なかった。
 
そして、最後の締めは、今まで何度も聞かせられてきた、
「あんた、もうあっちに行きっ!
 あんたは、ほんま迷惑やねん。
 あんたの自由はわたし等が握っているんだから。
 あんまりしつこいと、小遣いもやらんし、
 外出も禁止にするしねっ!」という叫び声で、
結局、彼は伝えたいことを伝えれないまま、その場を去っていった。
 
いや、去らせられた。
 
彼が伝えたかった、本当のことを知ることは出来なかった。

新しく来たばかりのわたしと同種は、
この異種の言動に有る意味限界を感じていた。
なので、人権研修の後のTOP会議にて、
「異種のこのような状況にわたし等が遭遇した場合、
 わたし等はどうしたらいいのだろうか?」ということを、
代表(=来たばかりだが正社員)に提案して貰った。
 
「確かにねぇ、言いづらいですよねぇ。」とかいう発言のみで、
その話は深く捉えて貰えなかった、とのことだった。
 
それどころか、
先日、二人目を妊娠が発覚した異職種職員の今後について、
「辞めて育児に専念する。とかって言ってなかった?」と、
それをされたら困る的ニュアンスではなく、
それを望んでいるニュアンスで語り始めたらしい。
 
会に出席したそろそろ二人目を作りたいなぁ、と、
願っておられる代表は、ウンザリしながら戻ってきて、
それを報告してくれた。

同日、受診を控えている方が居るが、
その方を連れて行く暇が無い、と、異職種が言い出した。

以前、勤務終了時刻5分前に、救急車を呼んでください!
という場面があったのだが、その時、
「なぁ、誰が付いて行く~?うちこれから予定が・・・」と、
救急車を呼ぶ前に、付き添い会議が開始されたことがあった。

もういい加減にしてくれ、と思ったわたしは、
「誰が付いて行く、より先に、救急車!
 わたしが行きますから!」と、
子等のお迎えとか、旦那が・・・とか、
完全放置で叫んだことがあった。
 
というか、それくらい覚悟してなきゃ、
わたしらの職業の旦那は出来ん。ので、
「ER。帰れん。」で、その後のことくらい勝手にしてくれる。 

暇ねぇ・・・と思いつつ、

「わたしその日は休みですけど・・・明日お休みを頂き、
 勤務変更して連れて行きます。」と答えた。

ふぅ。と、思っていたら、

職場にいるわたしに、息子から連絡が入り、
38度の熱がある、とのことだった。
「そこにある解熱剤を服用し、就寝せよ。」と伝えた。

人権ねぇ・・・と思いつつ、帰宅すると、息子はくたばっていた。
何気に安心したわたしは、同様にくたばった。
 
一眠りをした息子の喉を見ると、腫れていた。
おたふくか?と言う感じ。
 
本来仕事であった翌日、いい具合に休みとなったわけで。
朝起きてきた息子は、喉の腫れも熱も恐ろしいほどに引いていた。
が、学校を休ませ、息子と共に過ごした。

耳鼻科に連行したところ、インフルではない、けど、

おたふくとも言えない、というか、両方予防接種をしているので、
そこまで症状が出ないのかも・・・と、

この調子だと、明日にはある程度復活するでしょ、
だから、検査はあえてせずに、風邪ということで、で・・・と。

結果、息子とボケーっと過ごすことにした。

丁度いいので、ヨイトマケの唄を教えてあげた。
その時、あぁ、そうだ・・・
桑田さん=TOP OF THE POPS!と、思い出したので、
親子でサザンのコンサートに何度か通った息子に両方観せた。 

彼は、
じーーーーっと、その歌詞を観、
じーーーーっと、その唄を聴いていた。

ナニを感じ、何を心にとめたのかは、知らない。
 
続く

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