2008/07/03

神様に感謝、しまーしょぉ~♪

さて、日常世界に戻ろう。

 

3連荘の幼稚園行事が、本日無事終了した。

いや、来週も…(--;とかいう、先のことは、さて置き。

 

 

さてわたしは、今朝5:40から(体調的)眩暈の世界に居た。

 

昨晩、さんごー缶×5本=二日酔っ???

 

いや二日酔いなら、まだいい(どういいいのだ?)が、

これって、まだ残って・・・(以下、略

いや、ありえへん。この量で・・・

メニエールの症状か? じゃっ、服用。

   

とか思いつつ、

 

考えたらあかん!=切り替え!

 

「お誕生会、なのら~(^▽^)」と、気合いを入れ、GO-。

 

結果、△巾&マスクを忘れてしまったが、

マスクを下さったお母さんが居て、ありがたや、だった。

 

そして、線維的体調を気にして下さるお母さん方、多々。

 

いやぁ、実は。

今現在の不調の理由はですね…

昨晩、まぁ、自分的に…で、結果、5本も行っちゃって…(^^;;;

子の行事に参加する親としては…失格状態ですよねぇ~(^▽^;

そんな、こんな腐れわたしの体調を気にして頂く事、

それ自体が、本当に大変申し訳ないことでして…

 

と、ASわたしは語りたいのを堪え、

 

「(線維的には、きっと大丈夫だから)

 ありがとう(^▽^)大丈夫だよ♪」

 

と、語りつつ、

すっげー、マジでごめんなさい m(__)m 状態、だった。 

総勢8名の親にて、

1時間半ほどで、ハヤシライスとゼリーを作った。

 

その場での(わたしが感じた)わたしの立ち位置とは、

良く出来るお母さんから指示を受け、

はいは~い(^▽^)!ナニをどうしましょう? 

と、それに完璧に従う、というモノで…

 

わたしが体力的に出来ないことに対しては、

元婦警お母さんが、「いいよ(^▽^)!」と、

フォローをしてくれるので、

「ごめん、お願い m(__)m」と言える状態で、

ASわたし的には、非常に楽だった。

 

その場の雰囲気とは、

わたし的には、最高にオモシロかった(^▽^)!

 

簡単に言えば、リーダーが居て、それに従うわたし等が居て。

従っている中にて様々な意見が出て、

それにより起こるハプニング(?)に対し、

さて、如何に対応しましょうか?と、

本当に率直に、様々な意見が出て・・・

 

でも、そんなコミュニケをする、その目的は、

子等のお誕生会を、

なるべくいい具合に、最高させよう(^▽^)! なわけで。

 

それぞれの親御さんの、自分の子へ、ではなく、

様々な子への愛情を

ジワジワと感じることが出来る時間だった。

  

うちのアラレは・・・

シメジとコーンと・・・このメニュー苦手なのですぅ、を、

正直に伝えたところ・・・

 

元婦警ママさんは、シメジをそれなり確認できるよね!状態まで、

小さくちぎってくれていた。

すげー、嬉しかった。 

 

 

ええと・・・

それをしたら、あぁなる、の、だけど・・・(--;;;

 

という場面もあったが、

リアルぴーまんは、そういうことを、数人の人にしか言えない。

結局、言えずに過ごし、結果、あぁなった。が、どうにかなった。

が・・・(以下、略 

 

 

ただ、二つだけ。

 

それはこうした方が、成功するよ(^▽^)を、

どうしても(?)主張しなければならない場面があった。

 

ゼリー作り。

 

祖熱の取り方と、冷蔵庫の用量。について。

常温にて固まる、という、ゼリーだが、

やはり、液体→固体、の、ゼリーさんは、正直である。

 

最初、いや、それは無理っしょ、と思いつつ従っていたが、

うぅ~ん・・・と、

結果、ゼリー、それでは固まらず。

 

なので、「あのぉ・・・」と発してみて、10分後に固まる。

 

 

次に、ゼリーの、トッピング。

 

「先月、(業務用のデカい)このホイップを利用して、

 ゼリーにホイップしたら…(だから、このホイップは…)

 早い時間に、ホイップを上に乗せるのは…」など等の、

意見が出始めた。

  

ゼリー同様、生クリームというモノの特性。

 

先月の、この場の気温と、今の気温差。

またテーブル自体の温度、

そこに存在する人間の手の温度

       =

つまり、その出来ている大型ホイップを究極暖かな手で、

握り絞れば、それはどうなるか?=先月の結果、なわけで。

逆もあり。

先に角を確実に表現し、その後、それ以下の温度にて…

  

を考えると、

 

その業務用、どデカホイップさんに対し、

どう接したらいいのか、は、

その特性上、見えているのではないのぉ~?

つまり、こうしたら、

ホイップさんは、ホイップさんの最高の善さを引き出すことが・・・

 

ということを、簡潔に説明。

 

で、角ありホイップ、どうにか完成。

 

「先月は、このホイップ使って…結果足りなかったんだけど・・・

 何で余るのぉ???」の質問が出る。

 

「それは、えぇと、ですね・・・

 スーパーで購入した液体の生クリームを、

 一生懸命泡立てると、結果、出来上がるホイップクリームは、

 元々の液体生クリーム容器には収まらない、という、

 生クリームの特性が・・・凄いですよねぇ~!

 めっちゃ、オモロイですよねぇ~!」とか、語るのはやめて、

 

 

要するに、それは、『では、どうするか』ということ、ですよねぇ。

 

「じゃっ、今回は、(角あり)ホイップ、

 2個乗せ!で、行きましょうかぁ~(^▽^)」

 

と、2周目を、ひたすら絞ったわたし。 

 

 

ということで・・・

我的に、どうにかこうにか、頑張った。

 

食器お片づけのときに、電電ママさんが、

「代わるよ~!」と言ってくれた。

 

すげー、嬉しかった(^▽^)

 

で。

わたしを大事にしてくれたママさんに、

いやー実はねぇ~、と、ここでのルールを伝え・・・

ルール上の最後まで片付けをした。

 

 

全てが終了し、

初めて、脳みそクローズド&全身の痛みを覚えた。

 

(しっかし・・・ あのラップは・・・重かった。

 どっかに取り付ける方が…以下略)

 

1時間ほど一時帰宅し、後のバレエに連れて行く、を、想像し、

今、うっでぃに甘えて、倒れたらあかん。

とりあえず、シャワーを浴び&本日1本目のドリンクを飲み。。。

 

リセット。は、無効。

 

しょうがない、なぁ、と、2ヶ月ぶりにステロイドを服用し、

数十分後の子のお迎えの時点で、

まっすぐに歩けない自分を認識した。

 

 

その後、

我が家周辺のスキー場並の坂を、

子を連れて登り降りと歩く気力と自信は残ってなかったので、

 

平地の実家にて、バレエへの準備をし、

どうにかこうにか、連れて行き、

どうにかこうにか、全ての家事を済ませることが許された。

  

 

ママっ!

お誕生会、善かったなぁ~。

讃美歌、聞こえていたかぁ~?

今日のしめじは、小ちゃくってねっ。

だから、美味しく食べれたよぉ~(^▽^)

ゼリー、キラキラ光って、綺麗かったっ(^▽^)

 

 

良かった、良かった(^▽^)

 

本当に良かった。と思ったし、

 

あぁ、本当に許されて、そうさせて頂いているのだなぁ。

 

ごめんね、ありがとう(^▽^) と、思った。

 

 

お友達の生誕。

お友達がそこに存在する、そのこと自体を、

行事や関わりという苦しみではなく、

心から互いに喜べるその関係。

 

ステキだなぁ~(^ー^)

そしてありがとぉ~(^ー^)と、思う。

 

 

3ヶ月ほど続いた、

夫婦別居生活終了まで、あと数日。

 

この週末は勝負の時。

 

明日は、その週末に向けて、わたし充電としよう(^▽^)

 

週末は、日帰り状態にて、

二日続けてM美ちゃんが来てくれる。

 

さて、ナニを語ろうか。

 

で、実家に行ったら、爺ちゃんが、

 

「のびたへの、誕生日プレゼントだぁ~。」と、

あの『ヒロシマ』(経緯は、ここ)を、スゲー丁寧にまとめ、

(娘にそういうことしたことないのに、ねぇ~)

御爺ちゃんからの喜びを、

一つ一つの写真に対し、一つ一つコメントしている、

そんな最高の、

彼的こだわりバリバリアルバムが出来上がっていた。

 

それには、

わがままでもなく、押し付けでもなく・・・の、

最高の、毎度ヘタクソ&リアル無言の愛を感じた。

 

 

愛されている、許されている、

そうして存在させて頂いている、の、実感。

 

今日も、最高の日、だった(^▽^)

 

今日も、全てに感謝なり。

 

神様に感謝、しま~しょぉ~♪

ハレルヤ・ハレルヤ・ハレルーヤ~♪

神様は良いモノを・・・

 

今日は一日中、こどもさんびか137、が、脳内に流れていた。 

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2008/07/01

平和を実現する人々は幸いである

さて今日は、ガッちゃんクラスの保護者懇談会だった。

 

幼稚園に通い始めたばかりの子等の様子を、

とても具体的に、オモシロ話を交え説明して下さる先生。

先生からのお話が終了し、今度は、

この一学期の子の成長について、親が語る、という場面になり。

 

3人目の子供+保育園で過ごしてきたよぉ…、などなどの、

若干スレているわたしでさえも、

ぐふっ、と、笑えるほどの楽しい園生活を、

子等は送れているんだなぁと、親御さんのお話を聞いて実感。

 

4月以降に入園された、お二人のお子さんの親御さんからも、

お話を聞くことが許され、とても良かった。

 

 

先生から一番最初にあてられた、

お子さんの発達を気にされておられた親御さんが、

  

(ちなみに彼女とは。

 今年、こちらに越してきたばかりの方、で。

 新入園後の初めての懇談時、

 わたしが線維であることを全員の前で語った後、

 わたしのところに来てくれて、線維について知っている、

 しんどいよね~(T0T)ということを、一緒にいた電電ママさんと、

 色々と語ってくださった方、だった。)

 

 

「発達障碍じゃないか?」と言われていて・・・

幼稚園に通うことが出来ないのではないか?と思っていたけど、

毎日、こんなに元気に通えていることが、とても嬉しい

 

ということを、

一番手というのに、正直に皆さんの前で語っていた。

(わたしは、ある意味、彼女を尊敬した。)

 

  

親子遠足の時に、親子みんなで並ぶ時に並べず、

いきなり走ってどっかに行ってしまう。

自由時間になり、ずっとブランコに乗りたがり、

乗れば降りることなく、親御さんが無理に降ろせば、かんしゃく。

順番を待てずにかんしゃくを起こしていた、その子。

 

皆が初めての親子遠足だし、皆が我が子で一杯一杯の中、

うちはうっでぃも一緒だったし、というか、

 

わたしは毎度の、座って全ての観察~♪人間だった。

 

その親御さんが、お子さんに対し、

声を張り上げるでもなく、その子を、ぎゅーっと抱きしめ、

「なんで、どうしてわかってくれないの。」と、

何度も何度も小さな声で呟いていたのを、

何度も何度もルールについて説明していたのを、

  

それに対し、お子さんが、かんしゃくを起こすのだが、

その様子を、真剣に観察しておられるその親御さんを、

 

そのやり取りを、「あぁ、痛いなぁ。。。」と、

わたしは視線を外しつつ観ていた。

 

仮に、親御さんが、疲れちゃって投げ出す状態になったら、

「ちょっくら、よろしければ、(うっでぃが)変わろうか?」と、

声をかけようと思っていたが、

その親御さんは、最後まで周囲に頭を下げつつ、

笑顔で過ごしていた。

 

そして、彼女は、毎日、幼稚園にお迎えに行った、かと思えば、

帰宅の道をさっさと走って消えていくお子さんを

一生懸命追いかけ、帰宅したかと思えば、

即、自転車に乗って出かける我が子の後ろを、

笑顔で走って追いかけているのであった。

 

 

わたしは、そんな彼女が、懇談の席にて、

それを正直に語ったことが、すげー痛かった。

 

 

さて、そんなわたしは。

懇談会が終了した、お迎えの時間まで残り5分。

 

先ずは、電電ママさんに、

「いつもありがとう~(^▽^)」と声をかけた。

 

すると、ママさんが、

「夏休み用に!」と、携帯番号とアドのメモをくれた。

 

「おぉ~!ありがとう(^0^)」とだけ発し、

電電ママさんには、大変申し訳なかったが、

あの親御さんのところに走った。

 

しかし・・・・・・・

なんと言ったらいいのか、わからない。ので、

 

「ええと、ね。わたしは、

 わたし自身は、アスペルガー症候群なんだよ(^▽^)」  

と、そのままを伝えた。

 

すると彼女は、今までの緊張した顔とは別の顔を見せて、

「えぇっ! 本当にっ? (はい、まぁ、診断が正しければね。)   

 だって・・・ 普通に見える! (そぉ?((普通って…(^ー^;大汗)))

 だって・・・  看護婦さんなんでしょ? (うん、働けるよ。)

 なんでアスペルガーと気づいたの? 

 (いやぁー、息子もそうだから、それで、なんとなく。)

 いつ気づいたの? (あれ?3年ほど前だったかなぁ?) 

 何処で診断を? (K県)

 以下、大量に続く・・・・・・・・・・ 」

 

 

などなど、彼女の質問は、マシンガンの様に続いた。

 

あぁ・・・

知りたいこと、いっぱい、なんだろうなぁ。

本当に不安、なんだろうなぁ。

 

と、思いつつ、全てに簡潔に、笑顔で、答えた。

  

すると、彼女は、

「何をどうしたらいいのかわからないの。」と言っていた。

 

うんうん、そうだよね。と、わたしは頷いた。

 

  

そして、

 

「そろそろ、お迎えの時間だよぉ。こんななんだけど、ね。

 まぁ、こんな当事者も、すぐ傍にいる、ってこと、を

 知って貰えたら、いいかなぁ、とか、思ってね。

 またナニか用があったら、いつもでも声をかけてね(^ー^)」

 

とだけ伝え、さようならした。

 

 

ガッちゃんクラスは、すっげー愛のクラス、

この幼稚園は、すっげー愛の幼稚園、と、わたしは思う。

 

 

母が、言っていた。

 

「お兄ちゃんを幼稚園に入れなきゃならない時期、

 とてもとても忙しくて、幼稚園入園の期限が切れていた。

 でも、幼稚園を探す気力がなくてね。

 内丸の道を歩いていた時に、

 あっ、幼稚園に入れなきゃ、と思って、

 そのまま盛岡幼稚園に入って行って、事情を説明したの。

 そしたら、○△先生が、

 『もう全部が終了したけど、一人くらい、いいですよ(^▽^)』と、

 笑顔で迎え入れてくれたの。

 当時の盛岡幼稚園は、附属幼稚園に次ぐ、

 狭き門だったんだけど、ね。

 おかげさまで、わたし自身が、

 神様に『一人くらいいいですよ』と拾って頂き、

 その息子は神学を学び、家族全員がクリスチャンにさせて頂けた。

 これって、凄いよねぇ~、ぴーちゃん(^―^)」と。

 

 

幼稚園の7月の暗唱聖句 

 

平和を実現する人々は、幸いである、

その人たちは、神の子と呼ばれる。

マタイ5・9

 

 

それを実行してくださる先生方がおられるからこそ、

親が、いろんなことを、語りあえるんだろうなぁ、と、実感。

 

今日も感謝の一日だった。

 

明日は、アラレクラスの懇談だ(^ー^)

 

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2008/06/14

今朝は、訳あって、二度寝をしていた。

 

うっでぃが、

「岩手で震度6強!」と、寝室に叫び入ってきて、

わたしは飛び起きた。

 

その時点では、被害状況なんてのは伝わっておらず。

 

先ずは、夜勤明けで、

きっとそれを知らないであろう、おっちゃんに連絡を入れた。

おっちゃんの実家は、盛岡にある。

すぐに実家に連絡を入れるとのことだった。

 

次に、兄弟親戚が岩手にいる爺ちゃん(=父)に連絡を入れると、

それを知っていた。

婆ちゃん(=母)は、日勤で不在。

とりあえず、と、母の携帯に電話をしたが、繋がらず。

再度かけたら、なぜだか、携帯電話に爺ちゃんが出る。

「あいづ、電話わすれでっだじゃー。」と。

 

そして、宮城からこの春に移動した兄貴、

「もしかして、まだ知らないかも」と、一応メールをする。

 

 

その時点でも、ニュースでは、被害状況がわからない。

 

幼馴染達全員にメールをする。 

 

そして、盛岡にて子供の頃体感した、あの揺れと、

阪神淡路の時の揺れを思い出す。

 

阪神淡路の時、全ての交通手段が麻痺している中、

翌日には線路を這うように歩きつつ現場に向い、

泊まるところも寝るところも無い状態で、

何日も帰らずにそこに滞在し、線路の復旧作業をしていた、

元旦那=おっちゃんの、あの大変な時期のことを思い出す。

 

  

その頃、ボチボチと被害状況が流れ始める。

 

昼頃になり、3歳からの幼馴染から、

夕方になり、6歳からの幼馴染から、

「こっちは大丈夫だよ。」と、返事が来る。

 

被害状況がわからないまま、メールをし、

それに対し、返事が来た、ということ、

彼等が居る、ということに、わたしは喜びを覚えたが、

なんと返事を返したらいいのかわからず、

そのままにしている。

でも、きっと、彼等には、それが通じる。

 

 

 

 

 

わたしは、今、許されて、ここに存在している。

 

明日も、許されるなら、

なるべく、愚痴らず、へこたれず、

それなりに、精一杯、生かされたい、生きたい、と、祈る。

  

 

いつもブログを拝見させて頂き、多くの学びを頂いている

救急医療に携わる、とあるDr.が、

DMATとして、今、現地にいらっしゃるとのこと。

 

ニュースでは、

まだ、救出されていない方々がいらっしゃるとのこと。

 

家族を、友人を、その命を、互いに呼んでいる魂がある。

 

一秒でも早く、応答がありますように。と、

祈るばかりである。

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2008/06/09

ゴルゴダの丘

の 「ママ。なんか・・・・・・・・・・・・・似てるよな。」

  

 

ぴ 「(言わないでいたけど、)

   初めて見た時、ママもそう思った。

   でも、君に言っていいのかなぁ…と、言わないでいた。

   そしたら、やっぱ、君も、そう思ったんだ。」

 

の 「うん、似てる。」

 

ぴ 「そっか。そう思ったんだ。」

 

の 「うん。どれもこれも、わからなくは、ない。

   さみしいな。」

 

ぴ 「うん。

   でも、忘れるな。

   ヒトは、その最後まで、軌道修正ができる。」

 

 

息子にそれを語りつつ、

 

ゴルゴダの丘にある、3つの十字架、その両側。

 

そして、そこに集う民衆、

そしてなによりも、裏切る弟子達、を、思い出した。

 

 

 

昨日は、何も、書けなかった。

そして、未だに、なんて書けばいいのか、わからない。

  

 

 

ここで用いる、「わかる」、や、「似ている」は、

わかる、 それつまり、=、

ではなくて、

 

≠は、勿論、違うくて、

 

≒が、一番近い、のかも、しれない。

 

似てる・わかる=それを知っている、

という、言葉が、一番近いのかもしれない。

 

続きは、↓

 

 

 

続きを読む "ゴルゴダの丘"

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2008/06/04

キリスト教幼稚園バザーから思うこと

気づいたら1時だよ。

いいですかぁ。

これは、6歳で腐れクリスチャンにさせて頂き、

そんでもって、6歳にて教会運営に携わり、

その後、12歳で、教会学校の先生になり・・・

現在、ナニ??????? の、

腐れクリスチャンぴーまんの、小言。

 

だので、この記事を書くきっかけ、になったこと、に対し、

ごめんね~!は、不要だすぞ~。

 

いいですかぁ~。

それは、『最初からあったこと』で、更にグダグダ状態。

そこんとこ、了解してから、読むべし、ですぅ。  

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

実は今日=3日は、

娘等の通っている幼稚園=教会にて、バザーがあった。

 

そのバザーの目的は、

『とある貧しいと言われる国のお子さん方に・・・収益金を』

というものであった。

 

出店物には決まりがあり、まぁ、簡単に言えば、

『売れ残りにならないように、

 といった条件のモノしか集めません。』

というものであった。

 

それについての呼びかけとして、

  1. 幼稚園からお便りにて呼びかけ
  2. 教会学校にて呼びかけ
  3. ポスター呼びかけ
  4. 登降園時に見えるよう、ホワイトボード呼びかけ

というのがあった。

 

そこまでは、まぁ、わかる(=あえて「わかる」が、ひらがな、ね)。

 

が、出店物収集前日に、

『保護者会』として、連絡網が回ってきて、

それの「最終報告は、園でなくて…」というものだった。

園とは関係なく、

この連絡網を利用し、動いている、ってこと、だよね。と、 

それには、正直、わたしは、びっくりした。

 

その連絡が入った時点で、

「これは、出店物要求の半強制だ。」と思ったし、

逆に言えば、「購入の半強制」とも思った。

 

しかも、我が家は、2回(=アラレの組&ガッちゃんの組)

 

 

さぁ、わたし。

これに対し、どう行動するか、わたしなりに考えてみよう。

と、今回は、わたしなりに、真面目に考えた。

 

(ちなみに、わたしは、その収益金が行く場所について、

 詳しい説明を、以前、受けている。)

 

『それから、イエスは宮にはいられた。

 そして、宮の庭で売り買いしていた人々をみな追い出し、

 また両替人の台や、はとを売る者の腰掛をくつがえされた。

 そして彼らに言われた、

 「『わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである』と書いてある。

 それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」。

 そのとき宮の庭で、盲人や足なえがみもとにきたので、

 彼らをおいやしになった。(マタイによる福音書21章12-14節)』

 

が、即、出てきた。

  

数年前、

この世的に貧しいと言われる、ある米国からの伝道師さん

(=うっでぃに、川でバプテスマを授けた方)に、

教会の収益などなどを考えていったら、

バザーは・・・となった時に、彼はこう言っていた。

 

「どんな目的であろうとも、

 聖なる場所で、してはならないことがある。

 それに頼るよりも、祈りに頼るべきだ。」と。

 

それ以来、

腐れクリスチャンのわたしは、その言葉を大事にしている。

 

それとあわせ、

その収益金が送られる先への指定献金というモノがある、

ということを知っているわたし。

 

さて、どうしようか、と、わたしが悩んでいた時に、

今、大騒ぎ(?)な、あの大阪府の知事が、

なんちゃらかんちゃらの支援を打ち消すというニュースが流れ、

 

そこで、彼が言った言葉は、

「これだけの署名が集まっているのでしょ?

 じゃ、この署名した方々が、

 一人1000円でも、2000円でも出したら、

 税金を使う必要はないでしょう?」という言葉だった。

 

わたしは、彼のことを、知らないし、

府知事として、どうのこうの、は、全くなんとも思わない。

ってか、どうでもいい。

 

 

でも。

いや~、この『言葉』は、デカかった。

 

だから、わたしは、

今回のバザーには、行かない、ということを選択した。

 

わたしは、

行ったら、絶対に悲しくなる、そう思ったからだ。

 

 

今回のバザーの出店物の数が幾らあったのか?

(つまり、購入しそうな人数と出店物との関係)

  

そして、それは、満たされていると言われるわたしたちが、

本当に欲するものが集められ、

欲したい、と、思い、購入するものなのか?

 

初めてこの幼稚園or教会に関わる方々に対し、

いわゆる強制という恐怖を抱かせないか?

 

そして、それが、当たり前、という状態にて、

これから反映していかないか?

 

結果、収益金は、幾らになるのか?

 

 

などなどなど・・・頭の中には、そんなことがよぎった。

 

 

 

 

それよりは・・・どうなのだろう。

 

「いわゆる貧しいと言われる国に住む、お子さん方がいます。

 毎日、1食食べれたらいい、彼らはそんな環境に居ます。

 (具体例を詳細に伝える)

 そのような、この子達に、

 一年にたった一回だけ、

 新品のタオル・歯ブラシ・歯磨き粉・上下の下着・

 上下の服・靴・文房具・・・

 私どもは、彼らに、それを購入してあげたいのです。

  

 ここからは、あなたなりの、で、いいのです。

 あなたが、その子をわが子と思い、

 祈りと思いを込め、

 1年に一回、一人当たりの分でいいのです。

 

 我が子を思いつつ、献金を捧げて頂けたら、と、願います。」

 

と、その場所=貧しいと言われるその場所、を知り、

その場にて働くものが、(言葉はものすげー悪いがねぇ)

もっと謙虚になり、それを伝えたならば、

 

ここに集う幼稚園ママは、もっと違った形で、動くだろうに。

 

だって、彼女等は、

こんな雨の日でも、バザーに行ってくれる方々なんだから。

 

仮に、

教会周辺、また、幼稚園ママ周辺に、このコトを周知させたい、

という目的ならば、他の方法はある。

 

腐れクリスチャンわたし的に、

目的と手段のズレを感じていたわたしは、

キリストの生誕を刻むたった一品だけ出店し、

バザーには、行かなかった。

 

そんな今日。

 

お役所から、一通の手紙が来た。

 

そこには、

「この世的福祉により、お宅に○万円あげます。」

と書かれていた。

 

さて、あんな記事を書いていたうっでぃと相談し、

何分の一を、今回の目的のため献金しようか?

 

だ、と、思う。

 

 

捧げる、ということは、奉仕なのである。

奉仕の意味を知らぬ段階で、それを、

なんちゅうかこの世的ナニナニにより、

強制してはならない。

 

 

ここ=礼拝堂、に、集ったばかりの方々、

また、キリスト教に触れたばかりの方々に対し、

強制的に威圧的に、それを求めてははならない。

 

しかし、それが来るだろう、ということは、

わたしは、完全に予測できていた。

 

だから、行かなかった。

 

行かなかったことは、良くなかったこと、

なのかもしれない。

  

『心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、

 主なるあなたの神を愛せよ (マルコ12章30節)』。

 

と、わたしは、思う。

 

それを、知ることが無い方々に対し、

この世的ナニナニ=オタクのお子さん、ここに居るんでしょ?

という、保護者会

(ってか、その保護者会さんも、その目的・・・本当に知ってるん?)

が、騒いではならない。と、わたしは思う。

 

この記事を書くに至るコメにより、

『福音を述べ伝える』ということの、デカさを痛感した。

 

そして、その幼稚園に集う、1クリスチャンとして、

それを良し(?)としていることに対し、

本当に申し訳ないなぁ、と、思った。

 

が、更に、大変申し訳ないのだが、

わたしは、

そこの教会員ではない、し、なろうとも思っていない。

 

わたし的、クリスチャン行動として、

今回は、こう行動させて頂いた。

 

しかし、本当に、申し訳ない、と思う。

 

仮に、

 

「ここにある物、全て買います。

 それは、金額的にです。

 しかし、そのモノは、要りません。

 わたしは、主により、全て満たされていますから(^▽^)」

という、行動も、はっきり言って、わたしなら取れたであろう。

 

しかし、今回は、それも、しなかった。

 

今日の記事は、

幼稚園批判でもなく、

そのことをし始めた方批判でもなく、

単なる、腐れクリスチャンなわたし的思考、

それだけ、のこと、である。

 

若干、いや、結構、寂しい、話、じゃのぉ~。

 

なぁ、うっでぃ。。。

 

 

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2008/06/03

寒いっす。2

ラーメン片手(?)に、ネットニュースをぐるり見て回り。

(おっさん化してます、はい。)

 

 

家族間の殺害、などなど、

最近、なんでこんなに多いのだ?  と・・・

ここ二日間だけでも、幾つ?  と・・・

 

最近、カインとアベルばかり思い出す。

 

他所のブログとかを見ていても、

夫婦や子、また、その周囲との、いざこざ話が多い。 

 

見ていて苦しくなる、ので、最近見れなくなってきた。

 

 

そうなる前に、どうにかできないのかなぁ・・・ と。

せっかくの家族なのになぁ・・・ と。

ナゼに争うことになる・・・ と。

 

  

寒いなぁ、寂しいなぁ、と、思った。

 

 

子供の頃、教会学校で、

「人に対し、心の中で、憎しみを抱いただけで、

 それだけで、人を殺したと同じ。」ということを学んだ。

 

やっぱ。

十戒は大事だよなぁ。と思うし、

十字架による、許しも、もちろん、大事。

その両方がなければ、ならないってのを、痛感するなぁ。

 

 

せっかく与えられている知恵と体力、時間を、

もっと違う形で、使っていけたらなぁ、と、思う。 

 

ということで、

さっ、気合い入れて、家事&掃除開始しませぅ。

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2008/05/27

どの場においても
『その人にとっての最良な支援を』と
わたしは祈る

今日、判決が出たあの事柄から・・・

それなりに、自分的には珍しく(?)

かなり真面目に書いたので、

読んでくれる方は、

ゆっく~り、真剣に読んで欲しいなぁ、とか、思う。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

今日は、幼稚園に娘等のお残り保育を依頼し、

少しばかり片付けをした。

 

夕方、アラレちゃんの鞄の中をみると、

ガッちゃんクラスのママ様に依頼していた、

ガッちゃんと、ママさんの息子さんの、

ツーショット写真が、アラレちゃんの鞄に入っていた。

 

ふと、「ナゼにアラレの鞄なのだ?」と、不思議に思った。

(この記事を書く前に、謎は解けた)

 

そして、わたしは、アラレちゃんに、

「○○ちゃんのママさんから、

 お写真を、預かってきてくれたの?」と、尋ねた。

 

それまでわたしと顔を合わせていたアラレちゃんは、

目線を斜め上にあげ、しばらく(10秒ほど)考えた。

ママが言っている言葉の意味を、

脳内で一生懸命考えていてくれたのである。

 

これは、アラレちゃんにしたら、珍しい行動である。

「預かるってナニ?」が、本来の彼女のパターンである。

しかし、「預かる」という言葉を何気に知っている彼女は、

彼女なりに考えたのであろう。

 

 

そして、

「ええと・・・・・・。ええとねぇ・・・・。

 それ(写真)はね・・・。 返さんくてええねん(ボソっ。)

 

 返さんくていい・・・(ってことは、)

 

 そう!貰ってんっ(^▽^)

 だから、預かってるんちゃうねん!

 ○○ちゃんママから、

 預かったんじゃなくて、貰ってんっ!」と。

 

 

こやつ、可愛いぃ・・・・・・・・。

何もそんなに、一生懸命説明せんでも・・・・・。

と、一瞬思って、にこっと笑ってしまったわたし。

 

 

仮にこれを言ったのが、

息子だったなら、『あんた可愛いなぁ爆笑』が出来るのだが、

人に笑われることが嫌い、苦手、な、アラレちゃん。

(ナゼ笑われているのかが、理解できないと、悲しくなりかんしゃくになる。)

なので、可愛いなぁ爆笑は、やめた。

 

やめたと同時に、

「そっかっ!その通りだっ!

 アーちゃんが言っていることは正しいよ!」と、

アラレちゃんに伝えた。

 

アラレちゃんは喜んだ。 

そして、あえてその場にうっでぃを呼び

「アーちゃん、こーで、あーで、なっ。」と、その件を話した。

 

わたしが、うっでぃに、

その会話について話始めたその瞬間、

アラレちゃんは、ちょっくらイヤそうな顔をした。

 

なので、アラレちゃんに、すぐに、

「アーちゃん、大丈夫。

 アーちゃんにとって、嫌な話ではないんだよ(^▽^)」

と、説明をし、アラレちゃんの目の前で、話を続けた。

 

アラレちゃんは、

わたしとうっでぃの会話を黙って聞いていた。

 

その後、『預かってくる』という言葉について、

うっでぃがアラレちゃんに、説明をし、

アラレちゃんは、また一つ、言葉を覚えることができた。

そして、最後に、

「預かってきてくれてありがとう(^▽^)」を伝え、

家族全員で、その写真&手紙を見て、

うふふ~♪な気分になった。 

 

(が・・・

 アラレちゃん的に、

 「そういう意味からいけば、

  預かってきたのは、ガッちゃん。」と。

 で、実際、ママさんが預けたのは、「アラレちゃん」だった。

 というところに、まだまだ難しさが潜んでいる気がする。)

 

そんなこんなで、アラレは言葉のお勉強にもなりました!

ママさん、本当に、ありがとうねっ~♪

 

と、本日夕方。

そんなやり取りの後、休憩しつつ、PCでニュースを見ていた。

 

すると、アスペルガーと診断されたという・・・ 

妹バラ△ラ事件の判決が出ていた。(←ポチ)

 

娘等が寝てから、息子が寝てくれるまで、

判決記事(1)~(3)などなどなどなど、と、

奈良医師宅放□殺害事件の、

なんちゃらなどなどなどなどを読んだ。

 

いつも、なんらかの事件の後に、

「アスペルガー症候群で。」との報道を聞き、

わたしは、思うことがある。 

 

 

以下、続く、に、しようか、と、思ったが、やめた。

ので、気分悪い方は、読まないように。

 

 

 

当事者のわたしとして、思うこと。

 

その起こった、起こした事件の内容や深さについて、

また、ご遺族の気持ちなどなど、は、

 

語れないので、略。略ですよ。略!

 

 

ただ、いつも、思う。

 

今まで、全く、自分がしたことが無いことをして、

その自分がしたことの結果、

全く知らない始めての場所に行かなければならなくなり、

衣食住、全ていつもと異なる環境に居つつ、

あらゆる事柄について、多くの質問を受け、

それについて一生懸命答えた後、

 

「あなたはアスペルガーです。」と。

 

 

檻の中で、

ただ一人、いつもと異なる状態のときに、

それを、いきなり言われる、ということ。

 

それを伝えてくれる方が、

どのように、配慮してくれるか、は、わからない。

 

先天性のモノだから、と、言うのか、

それとも、その障碍が、今回の事件に、と、言うのか、

もっと上手い言い回しがあるのか、

 

わたしには、わからないが、

でも、どっちにしても、なんにしても、

かなりなグルグルの世界に入るのではなかろうか、と、

わたしがその立場なら、そう思う。

 

我の中にある子供の頃からの莫大な記憶を

フル稼働し、脳内で図式し、様々な関連図を描き始める。

 

仮にわたしなら、その作業だけで、

わたしが全く機能しなくなり、

その周囲の流れに、そのまま身をゆだねる状態に陥ると思う。

 

 

我が子に障碍について伝える時に、周囲の大抵の方は、

そりゃ、かなりな準備をし(ているようだが…)、

 

(ちなみに、うちの息子に伝えた時とは…

 親子喧嘩の後の、簡単に言えば衝動であったが、

 しかし、その時に確実に彼に伝えることが出来、 

 また、彼もそれを確実に受け入れる能力があった、

 また、何よりも、親子の信頼関係があった、と、

 自信があったので、わたしは語った。)

 

後の支援のために、それを伝えるわけであり。

 

 

犯罪者だから・・・云々、は、

ここでは、置いておいて、ですね。

 

わたしは、いつも、思う。

 

(というか、元主治医先生の言葉を、思い出させて頂く。)

 

『診断は、支援のために。』

 

勿論、刑の話は別なのかなぁ~、(かなぁ~、ですよ。)。

 

診断があるから、量刑が…とかいう話については、

わたくし、全くの専門外なので、それも略。

 

だた、その量刑の中においても、

許される限りで、最良の支援があるように、と、

 

イチ当事者であり、イチ(1なのかっ?)当事者の親として、

わたしは、祈る。

 

 

発達障害絡みの報道が流れるたびに、

診断名が先走りで・・・とか、

障碍者=犯罪者にされるのは・・・とか、語られるが、

 

それについて、は、わたしは、

周囲の多くの、ご意見のようなことは、結構なんにも感じない。

 

以前記事にしているが、

息子が生まれる1ヶ月ほど前にサカキバラ事件があった。

 

その当時、まさかおなかの子がASとは思ってもいないし、

それ以前に、まさか自分がASとは…状態なわけで。

 

そんな状態で、子を産む前、妊娠9ヶ月の頃、

この事件の報道を見つつ、

 

「このおなかの子も、この子になる可能性は、あるんだ。」と、思い、

自分の腹の中から、子供が生まれることが怖かったし、

逆に、

「あぁ、命の尊さを伝えなければならない。」と思ったし、

「先ずはわたしが、子に対し、

 何でも隠さずに語っていこう。」とも思し、

 

一人の人間をこの世に出すこと、の、責任ということについて、

あの当時、たった一人で、深く考えさせられた。

 

だから、常に、このような報道が流れる度に、

診断名が報道されることで、迷惑、とは、

わたしは思わない。

 

本当に、ASだから、とかいうことではなく、

ただ、一人の人間として、

たまたま、そのような因子を持ち、そのような環境にあった、

それだけにより、

わたしの代わりをしていてくれるだけなのかもしれない

としか、思わないし、

 

周囲が、障碍名において、なんやかんや言ってこようとも、

そんなことで、へこたれるような人間ではないし、

わたしは、わたしと子供達の思考が大好きなので、

その背景というか根本にあるASも大好きだったりする。

 

これは、ASの凸の部分を知る人間にしか

わからないことかもしれない。

 

で、それは、犯罪に限らず、極論、災害でも同じで。

 

ただただ、このわたしの代わりに、

これらの事柄は起きているとしか、思わない、し、

逆に言えば、

いつか、わたしに訪れても、しょうがない、としか、言えない。 

 

だからこそ、それらの事柄から、

子の親として、人間として、それを拒絶するではなく、

そこからナニを学び、

ナニをしていかなければならないのか。と。

それだけを、考える。

   

なので、うちでは、これらのニュースは、普通に流しているし、

3歳のガッちゃんも、普通に見ているし、

子等に質問されたら、質問に対して正直に答える。

 

それ等のニュースを見るときの息子はかなり冷静である。

 

「いつでも、人の心へは、サタンが進入することが可能である。

 それが、この世的に犯罪とみなされるか、そうではないか、

 そして、自分の心にサタンが進入していることに、

 気づけるかどうか、は、デカイよなぁ。

 俺の中にも、サタンは簡単に入ってくる。

 良くないなぁ。それは。サタンよ、去れ!・・・」と。

 

昨晩、クリスチャンである彼は、

ある事件のニュースを見つつ、わたしにこう語っていた。 

 

 

様々な事件やその背後の環境などなどについて、

幾らでも評価し、

それは、「うち=我が家とは、別なのですぅ~。」は、

どうとでも語れる。

 

でも、ASとか関係無しに、

わたしとしては、それはなんとなく、違う、と、思う。

 

わたしは、この子等を育てていて、

胸をはって、「別です。」とは言えない。

 

我が家の3兄妹は、とてもとても仲がいい。

仲がいいからこそ、ツマラナイ言葉&態度で、

ありえへんほどの、かなりツマラナイ大喧嘩をしてくれる。

自分を理解して欲しい、から、こそ、大喧嘩をする。

 

言葉の理解は難しい。

態度の理解も難しい。

そこからの、

コミュニケーション、社会性、イマジネーション、は、

本当に難しい。

 

  

  

でも、出来る限り、

その難しい嵐の中に存在する我が子と、

正直に嘘なく、愛を持ち向きって、語り合って、行きたいと願う。

 

しかし、これが、また、

ASのわたしには、とてもとても、なかなか難しいこと、で。

 

でも、難しい時間の中にいるんだなぁ、と、

自ら認識し、行動できていることは、

良いことだと思う。

 

今宵、マザー・テレサの言葉が、大量に脳内に出てくる。

 

『愛は家庭から始まります。まず、家庭から始めてください。
 やがて外へと愛の輪が広がっていくでしょう。』

『生きるということは、
 神の栄光のために、また全ての人の幸せのために、
 できることをやることです。』

『忙しすぎてほほ笑む暇も、
 愛を与えたり、受けとめたりする暇もない。
 そういう生活になっていませんか?』

『一緒に住んでいたり、または血のつながった
 親族といった人たちにほほえみかけることは、
 あまり親しくない人々に対してほほえみかけるより
 むずかしい時があるものです。
 「愛は近き」よりということを忘れないようにしましょう。』

『子供の世話をするとき、
 誰かの話し相手や、相談相手になるとき、薬をあげるとき、
 誰に何をするときも、いつも口もとにほほえみがあるように。』

『慰められるより慰めることを
 理解されるより理解することを
 愛されるよりは愛することを わたしが求めますように。』

 

先ずは、わたし、親から。

本当に、まだまだまだまだ・・・・・・・・・・・・・である。

 

 

亡くなった魂が確実に癒されますように。

そして、残された魂の安らぎが、

いつか、確実に、ありますように。

 

そして、

どんな障碍であろうとも、いや、障碍に関係なく、

どんなお子さんにも、

早期の、確実なる、最良な支援、育児が、

そこに、ありますように。

 

何よりも、家庭において、最高の笑顔と愛と許しと、

そして、両親の仲の善さと、が、存在しますように。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ということで・・・

 

明日も娘等の弁当作りだし。

 

母が、そんなこんなをしていた時間、

「俺ね。今、バレエより、理科と社会の勉強が、

 めっちゃ楽しいねんっ(^▽^)わくわくっ♪」

と、21時過ぎまで、お勉強していた息子は、

どうやら、日本以外の世界に目が行ったらしく、

「テキストをノートに書き写したんだけど、

 情報が足りないのよぉ~。

 ママ、それについて事細かに乗っている文献が欲しくて、

 うっでぃのところにもあるかなぁ、と思って、

 一応、イロイロそこらを荒らし、探しても、

 見つからないよぉ、ねえっ、ママっ!」とのことでした・・・。

 

明日もバトルだ。寝よぉー。

 

 

 

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2008/05/21

原動力の源

毎度、(写真付きで)書き直ししています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

今日日記、含め、

この所=この10日間、

つまり、うっでぃの試験終了後から、思っていたことの、

意味不明まとめ。

なので、すんません、話、飛び飛びかと。。。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

今日は、毎度のこと・・・

 

早朝=6時過ぎからJRに2時間揺られ、

M美ちゃんが来てくれて、

我が家の掃除などなど+昼食までおごって頂き・・・

 

「ここ出すわ。」

「えっ?いや、ええわぁ。。。」

「なんでぇ。お金あるときしか、言わんし。」

「そうなん?この間、おっちゃんに、

 M美ちゃんにおごって貰っていていいと思うか?を尋ねたら、

 『M美ちゃんが、あんたに気を使っておごるわけないやん。

  そういう時は、黙っておごられとき!

  (あんたは、金使わんと、気を使え!)』言われたわ。」

「そやでっ!」で。

 

本当に、いつもいつも、ありがとうでした。

 

で、先日、

Batyan

 婆ちゃん=マイ母、

 

 が言っていた。

 

 

「ところで、お母さんねっ。

 ずっとというか、いつも思っているんだけど。

 M美ちゃんは、お金と時間を使ってまで、

 なんで、あんたんとこに来てくれるんやろうなぁ~?

 ホンマに、ええ子やなぁ。

 だってさっ。

 あんたのとこ来たって、

 扱き使われるだけやんっ!わっはっはっはぁ~!!!」

 

こういうとき、

コミュニケとしては、なんと答えたらいいのでしょう???

母よ、わたしにとっては、そっちの方が疑問だった…(^m^;

 

  

娘等が幼稚園に行き始めて、

娘等と過ごす時間が増え(=娘等と手を繋いで歩くなどなど)

 

わたしは・・・

 

息子=徐脈で生まれ、直母全く吸えず

     &乳出過ぎで、捨てていた。

アラレ=哺乳瓶大好きっ子&乳出過ぎ→捨てる

ガッちゃん=1歳8ヶ月過ぎまで母乳から離れず。

        保育園に直母のため、通う毎日。

        この時点でもう右手壊れていた

 

つまり、

子供3人へ乳をあげるための搾乳でダメにした、右手、

手根幹症候群の痛みが酷く、掃除機をかける、などなど、が

全く出来ずにいた。

 

それを知るM美ちゃん。家事全部してくれた。

ありがと、なのである。

 

で、戻って、だね。

 

 

そんな中、息子は、特別支援について、

「これって、なんぞやなぁ~?」を感じつつ、帰宅した。

 

 

うちの子等は、たまたま、というか…

 

幼稚園までは皆勤賞!

以降、世間で言う、登校拒否児だったわたし

 

(=人間関係で、そうだったのではなくてねっ。

 朝起きて、天気や気分次第で、

 他にしたいことがあって…そっちが優先でねぇ。

 晴れ→掃除したいなぁ。公園で寝転んでいたいなぁ。

 曇り→ゆっくり自分がしたい勉強&趣味を、トコトンしたいなぁ。

 雨→雨は休みやろぉ。南の島の大王は~♪寝よぉ~。

 雪→滑りに行きたいなぁ~♪

 結果=学校に行く、そのこと自体が面倒だった)

 

からしてみたら、

 

なんでなのかわからないのだが、

いわゆる、不登校、とか、登校拒否とかに、

今のところ、無縁である。

 

まぁ、この母=ぴーまん、が、存在する我が家にいるより、

学校に行っている方が、マシ!という説もある…(^▽^;;;

 

いや、違うのではないか、と、

本日、息子の話(←のびたブログ更新、是非、ポチ)

を聞いていて感じた。

 

違う、ってのは、ナニかと言うと。

 

息子は、小学校の授業、

特に大好きな国語、は、トコトン、ツマラナイらしい。

しかし、彼は、真剣に授業に臨む。

 

先日、先生方が、

「『こっちが質問すれば、のびたばかりが手を挙げて…』」と、

 先生なぁ、陰で、ボヤいとったわぁ~♪」と、

彼はオモシロがっていた。

  

娘等は娘等で、毎日の先生やお友達の対応を、

「こんなんだったわ~♪」と報告してくれる。

 

勿論、悲しかったこと、とか、辛かったこと、も、

全部報告してくれる。

 

でも、うちの子等のオモシロいところは、

その日でリセット!というところ、で。

 

うちの子等は、良くも悪くも、すげー感受性が強い。

でも、その感じたことを、リセットする。

 

人、を、対象にしていない。

 

人から発せられる、その出来事、を、その事象を対象にしている。

 

だから、人を恨んだり、憎んだり、嫌ったり、するってことは、無い。

勿論、苦手は、あるが・・・。

 

 で。

 

その事象から生じる我感情について、

帰宅と同時に語りだし、その日のうちに我の中で解決させ、

最後には、祈りで終わる。

 

そして、彼らは、その出来事から、確実に学んでいる。

 

「あん時、こんなことあったなぁ~。

 よくよく考えてみたら、あれって、オモロイなぁ~♪」と、

我世界における、前向きって、こと、を、確実に学んでいる。

 

 

全く関係ないが、わたしはキン肉マンのあの歌が大好きである。

「走る、滑る、見事に転ぶ~♪あぁ~心に愛がなければ~♪」

 

先日、

Osotode_pakuri 婆ちゃん=マイ母=真ん中、と、

イロイロ話していて、彼女は、こんな話をした。

 

 

「福祉でも、医療でも、啓発でも、なんでも、そう。

 人を動かす力の源に、

 怒りや恨みや許せない、が、あったなら、

 まして、欲があったなら、

 それは確実に成立しない。

 言葉と理屈で、幾らでも人を叩きのめすことは出来る。

 でも、それは、成功しているような、気分で、いるだけ。

 見抜く人間は、見抜くのだよ。

 そこには、品も何もない。

 理解して欲しい、ではない。

 互いに、否、先ずはこちらが、理解できるか、が、大事。」と。

 

マザー・テレサの言葉を思い出す。

 

『理解されるより、理解することを、わたしが求めますように。』

 

うちの子等は、家庭内にて、何で?何で?が多い。し、

他所会話への介入もすげー多い。

マジ、恐ろしく多い。 

 

で、これは、この世的に、嫌われちゃったりすること、だったりする。

 

でも、これって、結構、大事なような気がしている。

 

今現在の子等的に、

理解することを、納得することを、子等は求めている。

 

その要求に、

彼等を説得する、ではなく、

出来る限りで、答えれる親でいたいと思う。

理屈で封じこめるのではなく。ねっ。

まぁ、してしまうのだが・・・。

  

 

生きている中で生じる、なんで?なんで?

それは、すっげー大事。

そこに、オモシロ味が、あったりする。

 

うちの子等は、それを知っているような気がする。

気、だけ、ねっ。

 

だから、毎日をリセットさせ、

人を許し、愛し、理解することに勤め、

前を向くことが出来ていると思う。

 

母=ぴーまんは、

ははは(^▽^;;;、で、

確実にそれに、追いつかんが・・・(^▽^;;;

 

そんなこんなを、わたしに伝えてくれた母は、

60になっても、グループホームの責任者しつつ、

あの笑顔で、20時間夜勤したり、

休みの日でも、ご老人第一!で、現場に走ったり、

昼夜問わず、全く休み無く、

大の阪神ファンで、我が家の朝夕の食事を作ってくれ、

実家の掃除洗濯に明けくれる旦那=爺ちゃんを放り投げ、

そんな中で、しかも、もう一人息子がいるしぃ、で、

うっでぃを何処までも、限りなく支えて、

わたしの元旦那であり、

婆ちゃんの息子を母の目の前で血まみれボッコボコにした、

そんなおっちゃんを、いつもいつも大事に大事にして、

何よりも、わたしを愛してくれて、で、生きている。

 

先日、100均に行った時に、

お店で、この曲(←ポチ)が流れていた。

 

わたしは、その場で、泣き崩れそうになった。

これは、

Batyan_2

 母大好きわたし=149cm、

 あの背中=それ以下、

 

 

 

そのまんま、だった。

 

芸能に無縁なわたしは、

誰が歌っているのか?なんて曲なのか?

わからなかった。それが、とても残念だった。

 

それをたまたま、わたしが友達って思っている

わたしにとって大事な人が、教えて(?)くれて。。。

(記事にして、ごめんね。です。)

 

そして、その曲を知ることが出来、

改めて聴くことが許されました。

本当に、ありがとう。なのです。

 

 

昨日今日で、何回も何回も、大泣きしつつ、聴いた。

 

うち=我が家の場合は、たまたま、

婆ちゃん=父の母&マイ母、という媒介により、

母の愛だけではなく、

キリストの、十字架=許しという愛を伝えてもらえた。

 

しかし、わたしの中には、

まだまだ、その愛が繁殖していない。と、思う。

 

それが、ある意味、空洞だったりする。し、

それに気づくことが、空洞、だったりする。

伝道者が伝える、空、とは、かけ離れていたりする。

 

 

我=ぴーまんを動かす、原動力の中に、

怒り、恨み、許せない、が、無いように。

 

そこに、愛は、無い。

 

理解する、は、無い。

 

マジで誤解しないで欲しい。

これは、誰かとか、に、送る記事ではなく、

 

我が、このところ、というか、

この一年半思っていたことの、まとめ。

  

まぁ、うっでぃは知っている。

 

一昨夜中、うっでぃに、言ったことのまとめ。

 

 

わたしのそんな原動力では、絶対に成功しない。

 

神様って、マジ、すげー。

 

そして、それで善かった、と、わたしは思っている。

 

それに、いつも、

「そうだね~(^▽^)で、どうするよぉ~?」と尋ねてくれ、

「わかった!それで行こう!」と、

 

即言ってくれ、即行動してくれる母に、心から感謝である。

 

原動力の源。

我の中で、なるべく常に、

その評価をしていくことを、していこう。

  

んっ?

 

もしかしたら・・・

うちの母=婆ちゃんが、

先ず、それをしなければないのかも、しれない。

 

 

 

 

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2008/05/19

ロトの妻からの遺言

ハイテンションのわたしは、

今宵、楽しかった事を書いた。

 

否、反面、我の中にある、空洞に、哀しみを覚えた。

 

空洞=うっでぃ不在、ではない、と、確信していた。

 

空、空・・・・・・・

 

空、なのだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

人が多くの年、生きながらえ、

そのすべてにおいて自分を楽しませても、

暗い日の多くあるべきことを忘れてはならない。

 

すべて、きたらんとする事は皆、空である。

 

若い者よ、あなたの若い時に楽しめ。

あなたの若い日にあなたの心を喜ばせよ。

あなたの心の道に歩み、あなたの目の見るところに歩め。

 

ただし、

そのすべての事のために、

神はあなたをさばかれることを知れ。

 

あなたの心から悩みを去り、

あなたのからだから痛みを除け。

若い時と盛んな時は ともに 空だからである。

 

(だから)

あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。

(これが継承)

 

悪しき日がきたり、年が寄って、

「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、

また日や光や、月や星の暗くならない前に、

雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。

 

その日になると、家を守る者は震え、

力ある人はかがみ、ひきこなす女は少ないために休み、

窓からのぞく者の目はかすみ、町の門は閉ざされる。

 

その時ひきこなす音は低くなり、

人は鳥の声によって起きあがり、歌の娘たちは皆、低くされる。

彼らはまた高いものを恐れる。

 

恐ろしいものが道にあり、あめんどうは花咲き、

いなごはその身をひきずり歩き、

その欲望は衰え、人が永遠の家に行こうとするので、

泣く人が、ちまたを歩きまわる。

 

その後、銀のひもは切れ、金の皿は砕け、

水がめは泉のかたわらで破れ、

車は井戸のかたわらで砕ける。

 

ちりは、もとのように土に帰り、

霊はこれを授けた神に帰る。

  

伝道者は言う、

「空の空、いっさいは空である」と。

 

さらに伝道者は知恵があるゆえに、

知識を民に教えた。

 

 

彼はよく考え、尋ねきわめ、

あまたの箴言をまとめた。

 

伝道者は麗しい言葉を得ようとつとめた。

また彼は真実の言葉を正しく書きしるした。

 

知者の言葉は突き棒のようであり、

またよく打った釘のようなものであって、

ひとりの牧者から出た言葉が

集められたものである。

 

わが子よ、これら以外の事にも心を用いよ。

多くの書を作れば際限がない。

多く学べばからだが疲れる。

 

 

事の帰する所は、すべて言われた。

 

 

すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。

これはすべての人の本分である。

神はすべてのわざ、

ならびにすべての隠れた事を

善悪ともに、さばかれるからである。

 

(伝道の書11:8~12:14)

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

友よ、共に、礼拝に(^▽^) !

 

 

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2008/05/15

小さな祈り

木曜日の娘達は、早寝であり、すでに爆睡中。

(今日は、始めてのお誕生会もあったので、

 それなりにお疲れの様子。)

14時まで幼稚園、15時からバレエ、帰宅し入浴食事。

入浴後、気づけば寝ている場合もあり。

 

 

 

本日入浴後、着替えの最中、

彼女等は中国の地震ニュースを観ていた様子。

 

着替え終わったアラレちゃんは、

あぐらをかき、真剣目つきでTVを観る。

ガッちゃんは、シクシク泣き出し、

着替えも出来ずに止まっている。

 

アラレちゃんは、のびたくんに似てきて、

「こういう場合はどうしたらいい?」を、うっでぃに尋ねていた。

ガッちゃんは、「なんで?なんで?」の質問&涙涙。

丁寧にそれに答えるうっでぃ。

 

今ある恵みに感謝し、また、悲しみの中にある方がたを覚え、

祈りを捧げ、夕食。

 

その後、うっでぃは実家へ。

うっでぃが消えて30分以内に、

ガッちゃんは、1階でゴロゴロしていて寝てしまった。

どうにか抱え上げ、2階ベットに。

 

アラレちゃんと就寝前の祈りを捧げる。

 

ア 「天のかみさま。

   今日一日も、アラレが元気に過ごすことが許され、

   こころから感謝致します。

   

   かみさま。

   今日は、4月5月に生まれたお友達の

   お誕生会でした。ありがとうございます。

 

   生まれる前からあなたに愛されている、

   一人ひとりのお友達が、

   ますます、健やかに成長していくことができますように、

   どうぞかみさま、一人ひとりをお守り下さい。

   

   かみさま。

   中国では、大きな地震がありました。

   悲しい思いをしている方々が一杯います。

   お願いです、助けてあげてください。

   

   このお祈りをイエス様の御名によって、

   お捧げ致します。アーメン。」

 

小さな魂が、毎晩、祈りを捧げ、安心して即寝をする。

主に感謝なり。

 

さぁ、息子がバレエから帰宅する。

息子との時間としよう。

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2008/05/14

許しの継承

GW、そして、土日、そんでもって月曜の遠足。

せねば、せねば、で、とりあえず、突っ走った。

 

5月に入ってから、 というか、

息子=何気に何処まで本気かわからんが、の、

志望中学を自ら思い描くようになってから、

 

息子=「これからどうなるの?」

(何処に住み、親は何をする?家計はどうなる?)

とばかり、尋ねるようになった。

 

う&ぴ=「わからん(^▽^)!」

 

で、来たが。

 

いや、冗談じゃなく、

うっでぃの試験とりあえず終了=今後の方向決め、な、わけで。

 

ようやっと娘達の幼稚園入園で、

とりあえず娘等の件は落ち着いた、と、思っていたのは、

大間違い、である、ようだ。

 

 

息子が、本当に、心底、志望校を目指すなら、

そりゃ、こっちも、今から、

かなりのことをしていかなければならないわけで。

 

漠然と感じていた、3人(う&の&ア)の受験生、ってのが、

確実に我が家に存在するってことに、

今まで目を背けていたが(背けてたんかいっ?)

いや、背けざろうえなかった、が、

 

うっでぃ一段落、ということは、

つまり、開始なんだよ、おかあちゃん、ってことで。

(そこにガもプラス?) 

実は、結構、パニック、というか、

何からどうしたらいいのか、が、わからない、状態だ。

 

しかし、

 

一個だけわかること、が、ある。

 

息子には、息子なりの、今のところ確実な夢がある。

 

なんやかんや情報を得ては、コロコロと夢が変わるが、

しかし、結局、なんやかんや言って、

「俺、ぴーまん兄と約束してんねんっ♪」と、そこに戻るし、

 

その夢とは別の意味で、

「とりあえず学校に来ている、って子との交わりは…」という、

今の公立小学校での学びに、彼なりの不満がある。

 

彼の場合、

学校というシステムに対しては、どうとでも順応できるが、

周囲の子との意欲の違い、また、能力の違い、

また、そもそもの育ち(=宗教など)の違い、に、

彼は確実に気づいており、

「まぁ、しょうがない、世の中こんなものだ。」で、

今を過ごしている。

 

ガッちゃん遠足があった12日。

息子=集団下校時、

転校当初から彼に絡んでくる周囲から、

散々言葉で攻められ、

(「めがねザル」「ガリ勉」「あいつの周りには寄るな」などなど)

集団下校ということで、絶対その場から逃げれない彼は、 

我慢に我慢し、まぁ、イロイロ、一悶着あった。

 

帰宅し、腐れわたしの様子を確認した後、涙をこらえつつ、

しかし、涙は流れてきつつ、それについて語ってくれた。

 

「0.1以下の視力なんだから、めがねでもしょうがないだろう。」

「ガリ勉、って、勉強が楽しいし、

 イヤでもイロイロ知ってるし、すぐに覚えれるんだから、

 しょうがないだろ。」

「俺は何も悪いことをしていないのに、俺のせいにして・・・」

と、彼は涙が流れて止まらない。

 

まぁ、黙って聴き、その事象から息子が望むことを尋ねた。

その内容は、「謝罪と今後無いように。」だった。

そこで、その望みに、「なるほど。」と、了解をしつつ、

彼が語りたいことを全て聞いた後、

わたし(=腐れクリスチャン母)は、一言言った。

   

「彼らは、ねっ。何をしているか、わからないのです。」と。

まっさか、あの記事 が、

 即、これに至るとは…だったが。神様凄いっ!!!)

 

息子は、目を覚まし、とてもとても、いい顔をした。

 

「そのとき、イエスは言われた、

『父よ、彼らをお許しください。

 彼らは何をしているのか、わからずにいるのです』。

 人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。 ルカ 23:34」

と、再度息子に言った。

 

息子は笑顔で微笑んだ。

 

 

その彼の反応に確信を持ち、

「彼らにね、先に、それを教えてくれる人がいたら、ねぇ。

 クリスチャンである君になら、意味、わかるでしょ?

 (うん。)

 今回の件で、謝罪を求めても、繰り返さないように求めても、

 きっとそれで、いますぐにナニかが変わると、ママは思わない。

 (俺もそう思う。)

 あなたはそれを、既に、何度も何度もしてきたでしょ?

 (うん。)

 そのことで、あなたに害が無くなっても、

 それで彼らが変わる、とは、わたしは思わない。

 そんなことで変わるくらいなら、最初からしないでしょう。

 その結果がこれ。

 (うん、そう。対象がコロコロ変化するだけ。)

 そこに対して、親として、また、先生と話し合って、

 なんらかの対処、対応をすることは可能であるし、

 そんな悪知恵は、幾ら~でも浮かぶよ~んっ。

 で、君は、わたしにそれ、して欲しい?

 (いや、して欲しくない。)

 でも、それは、形を変え、一生続く。

 それは、君だから、ではない、んだよ。

 誰にだって起こりうること、だよ。

 うっでぃやぴーまん兄は、障碍がないが、

 子供の頃出来がいい、それだけで、

 良くも悪くもイロイロ言われてきた。

 (うん、うっでぃも言っていた。)

 障碍関係なしに、良くも悪くも、人の目を引くってのは、

 なんらかの刺激を生み出し、

 なんらかの作用をそこに生じさせるものだと思うよ。

 それが、この世的周囲評価でしょぅ。

 (うん。そう思う。)

 君の良さを、善しと評価する人もいれば、逆もありさ。

 君は、その都度、逆に対し、怒りと憤りを感じつつ、

 なんらかの反応をすることを、選択して生きていくのかいっ?

 (イヤだ。)

 それは、君にとって、プラスになることかい?

 (ならない。)

 君という人間の質を、善い方向に導くことかい?

 (いや、悲しくなるだけだ。)

 君と神様との関係において、この事象はどんな出来事かい?

 (十字架と同じ。)」

 

  

彼は、許すこと、

そして、逆に、自分がしたことへの謝罪を、自ら選択し、

祈ってその時を待った。

 

そして、その日のうちに、

そのお子さんのお宅に、自らが謝罪しにいくことをし、

 

翌日笑顔で登校し、

学校でもその事象に触れ、しかし、即許し、

笑顔で帰宅し、昨日その報告はなく、

今日、なんちゅうか報告で、終了。

 

 

生きていく、と、いう中で、

裁くことも、弁護することも、

争うことも、中傷することも、批判することも、などなど、

 

知恵さえ用いたら、全て可能。

 

しかし、

苦しい出来事、そこから、

恵みを感じ、その出来事に感謝し、喜び、祈ることは、

とてもとても難しい。

 

その対象と関わる、関わらない、は、別として。

 

 

家庭での家族での祈り。

学び舎での祈り。

職場での祈り。 

 

立ち返れ、立ち返れ。

 

子等に、『今』、ナニを残すか。だ。

ただ、その、積み重ね。

 

そういうことを考えていると、

なんか、なにをしたらいいのか、が、わからなくなる。

 

今、ナニをするか、で、わたしは、かなりフリーズ中だ。

先ずは、夫婦で祈る時を持たなければ、ならない。

 

それ以前に、とりあえず、明日、生きなければならない。

 

許しという、恵み。

 

わたしたち夫婦、家族は、

多くの方々に許され、

その中で、ようやっと生かせれているのに。

  

教育方針、ねぇ。

即出てこないのが、なんちゅうか、だわさっ(^^;

  

今、実感。

 

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2008/05/11

ペンテコステ
ハレルヤ・アーメン

うっでぃのバプテスマ記念日である、ペンテコステの今日。

うっでぃは試験会場へ。

 

子等と共に格闘しつつどうにかこうにか準備をし、

教会の入り口にてM美ちゃんと待ち合わせをし、

無事礼拝へ。

 

どうやら、先週、我が家から帰宅したM美ちゃんも、

40℃近い高熱を出していたらしく、

昨日から40℃の高熱中のおっちゃんに、

「ナニかあったら呼んでや~。」と、

礼拝後、再度連絡を入れる。

  

その後、『メサイア』 (←ぜひ、ポチ!)を聴きに、

まだ10時過ぎというのに、あのホールへ出かけた。

 

到着してすぐに、先ずは、息子が気になる『ABT』空席確認。

後、館内を探検し、

 

A_kansyo   こんなことをして

  過ごす。

 

Ga_kansyo   一人

  1ブース利用にて、

 

No_kansyo   白鳥の湖

  鑑賞。

 

 

11:30 

                 

                 TyusyokuOkosama_syokuji

  予約しておいた

 館内レストランにて

   

 

Ga_taberu

A_taberu

No_taberu   

 昼食。

 

 

 

 

12:30 座席指定が無かったので並び始め、

     前から9列目にて鑑賞。

 

 

A_nemuruGa_nemuru  ステキな歌声を聴いた娘等。

 休憩中も爆睡。

 通る方々に、

 「可愛いぃ~♪」と言われつつ、

 

まだまだ爆睡!を挟み、2部に入り・・・

 

しばらくして、娘等、覚醒。

 

270名の中学生の方々が加わり、

ハレルヤコーラスが流れる。

 

いきなり涙が流れ出す。

止まらない。本当に止まらない。

 

ものすごい感動に包まれ、

びしゃびしゃの顔になりながら、

子等とM美ちゃんに目を向ける。

 

M美ちゃんも、笑顔で泣いている。

二人で、

「すごいなぁ&感動やなぁ~(T0T)(T0T)」 

ペンテコステを感謝しつつ、3部終了。

 

アンコールにて、会衆と共にハレルヤコーラス。

その後、『いつくしみ深き』を合唱。

 

なんともいえない喜びに満ち、ホールを後にした。

(メサイア合唱団の方々、また、中学生の方々、

 そして、チケットを下さった方、本当に感謝です。)

 

  

13:00 会場=うっでぃ試験開始

17:00 会場を後にする=うっでぃ試験終了

 

うっでぃが試験の間と、ほぼ同時間、

わたしたちは、恵みの時にいた。

 

そして、うっでぃから連絡が入る。

 

全員で京都駅まで向い、うっでぃと合流。

うっでぃ、爺ちゃんに電話を。

 

京都駅にて夕食を済ませ、

お外エスカレーターにて楽しみ、

M美ちゃんとさよならし、先ほど帰宅。

 

うっでぃ、おっちゃんに、

大丈夫か?&感謝!電話を入れる。

 

で、

6週間ぶりに、子等はうっでぃと就寝中。

 

ペンテコステ。

本当に、本当に、感謝である。

 

ハレルヤ・アーメン

 

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2008/05/08

子に伝えたいこと

父よ、彼らをおゆるしください。

彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。